(空白)
「もしさ、私がさぁ」 「うん」 「君のこと、好きって言ったら、どうする?」 誰もいない廊下に響いた、控えめで可愛らしい声とわざとらしい咳払い。 彼女は恥ずかしそうに俺を横目で見てから、気まずさを紛らわすように空を仰いだ。 蝉の鳴き声だけが辺りを包む。 「……別に」 俺の小さい声は彼女には届かなかったようで、彼女は「ん?」とこちらを上目遣いで見上げて首を傾げた。 その頬と耳が紅く染まっている。 「応援するよ」 「えぇ、いじわる」 彼女の声色こそ変わっていなかったが、彼女が俯いたことで心から不安が染み出しているのが感じ取れた。 そんな彼女の気持ちには気付かない素振りで「暑いね」と言うと、少し沈黙が流れた後「うん」と返事が返ってきた。 俺は、数分のうちにじっとりと湿った自分の額をタオルで拭いながら、廊下の向こう、昇降口から差し込む光に目を細めた。 隣の彼女は、背負っているリュックのショルダーハーネスを震える手で握り締めて、空っぽの教室を静かに眺めている。 彼女につられて教室の窓を見ると、深い碧に反射した眩い光が目に飛び込んできたので、俺は「この後、時間ある?」と聞いた。 「え、まぁ、あるけど……?」 「デート、しよ」 軽く笑いながら言う俺の方を振り返って、かあっと耳まで真っ赤になる彼女が愛おしく感じた。 爽やかな青に縁取られた光が俺たちを照らすと、俺は「カフェ行こ。新しく出来たところ」と話しかけた。 最近学校の近くにできた、日が差し込むログハウスカフェは、海とビーチを一望できるのだ。 「うん。いいよ」 彼女の動作がロボットのように固まっていたので「緊張してる?」と笑いながら聞くと、「だって……!」と睨まれた。 「あ、そういえば」 「ん?」 「さっきのってさ」 「うん」 「告白、って捉えて、いいの?」 分かりきっているようなことをわざと聞くのは、君の照れる顔が何回でも見たいから、なんて、そんなことを言うと引かれてしまうのは目に見えているけれど。 「もう、本当にいじわる」 「嫌いになった?」 ここまでやったら怒るかな、と考えながらも弄りたくなるのが俺だ。 紅潮した君は「……そんなわけないじゃん」と小さい声で呟く。 その目が羞恥で少し涙目になっていたから、俺は彼女の頭を軽く撫でてから「かわいい」と囁いた。 「ごめんね」なんて笑いながらさりげなく手を引いて、カフェの中へ入ってゆく。 そんな俺たちの、まだ始まったばかりの青々しい空に刻まれた恋物語に名前をつけられなかったから、名前は空白のままなんだ。