短編小説みんなの答え:1

初雪

私は生まれつき、耳が聞こえない。 今は、小学校の発達障害のクラスに通っている。それでも、不便なことは多い。 そんな私にも、楽しみがあった。ちょうどクラスから見える、同級生の男の子「春樹くん」をながめることだった。春樹くんのクラスと私のクラスはよく一緒に遊ぶほど仲が良く、会える機会は少なくない。でも、私は話せないから、春樹くんを呼び止めることができない。ただ遠くで、見つめるだけで良かった。 春樹くんはピアノが上手い。聞こえないけれど、みんなが群がってくる様子や手の動き、春樹くんのピアノの演奏を聞いているときのみんなの楽しそうな表情からわかる。私は、一度でいいから春樹くんのピアノが聴きたかった。 新しい学年になり、みんみんなくセミがうるさい季節になり、木々が赤やオレンジ色にそまる季節になり。一年、早いな。みんなより、時間が早く過ぎるような気がする。 でも、春樹くんへの思いは、時間とともにつのっていたようだ。マフラーと手袋が手放せなくなる季節になってから、もう我慢できなくなってしまった。放課後、首にしっかりマフラーを巻いてから、私は行ったことのない部屋へと足を進める。 いつぶりだろう。一年生のとき、学校探検に来たっきりかな。そう思って緊張する手で「音楽室」と書いてある部屋を開ける。 そこには、一歩踏み入れたら崩れてしまいそうな、神秘的な空気がただよっていた。その中に、堂々とした姿でさみしくピアノがおいてあった。ゆっくりと足を進める。ピアノに近づいていく私は、お姫様にでもなった気分。緊張する。 ピアノの前に座る。そっと、目の前の鍵盤を押してみる。聞こえない。けれど、この手でなにか生み出せたような、不思議な気持ちになるのはなぜなのだろう。あたりをみわたす。音楽室は、せまくて、しずかに見えた。でも窓の外では、記憶の限りの初雪が降っていた。 外が真っ白で、しずかで、誰もいなかった。この世界で、私だけ生きているみたいな、そんな感じ。雄大だった。 ぼんやりと夢心地で窓の外を見ていると、急に誰かから肩をたたかれた。びくっとしてふりむくと、そこには春樹くんがいた。何がなんだかわからずぼうぜんとしていると、春樹くんは歯を見せてにこっと無邪気な笑みを見せたあと、スラスラとスケッチブックになにか書いた。なんだろうと思っていたら、それを私に見せてきた。そこにはこう書かれていた。 「探したよ。一緒に帰ろう。もしよかったら、好きになってもいい?で、もっともっとよかったら、付き合ってもいい?」 かすかに、窓の外の初雪が降るのがおそくなった気がした。

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