大正の恋物語
これは、大正時代にありし男女の恋物語 あるところに尾形といふ男と真理といふ女がいた 二人は幼い頃からの仲で、よく一緒にいた 尾形は黒の亀甲の大島袖を着た人で、頭もよく、秀才なりと評判だった 真理は市松模様の着物にレンガ色の袴を着た人で、家事を完璧にこなす人なりき 二人が18の時、真理と結婚したいといふ男が現れた 大和といふスーツにシャツ、ネクタイに山高帽をかぶりし、ハイカラなる男なりき どうやら、真理の評判を聞き興味をもちけりき 最初は真理と尾形の両親は戸惑った 実をいふと真理と尾形の間で結婚の話があがっていたのである されど、大和の家系やら稼ぎやらを聞く間に 、両親は大和と結婚させしほうが真理も幸せなのならざるかと考ふるやうになりし 真理自身もそのほうが両親に楽させてやれると考えたがどうも決断ができなかった 尾形の顔やら思ひ出やらが頭をよぎるよりなり されど大和は『早く決めてくれざるか』とあまりに急かすので、真理は大和との結婚に頷いてしまったのである かくして、真理は大和と結婚することになってしまった それを知った尾形はどう思ひしや、誰も分かるまい さてとうとう結婚の前日の夜 美しき月夜だった 真理は星が光る空を一目見て、少し悲しげなる顔をせし後に寝床に入りき 『尾形と結婚せまほしと一言言はば、少しは違ったのかしら』 そう思ひながら目を閉じき その時に微かに足音がせし、外からなり もしやと思ひ、外に駆け寄り音のする方を見き それと同時に誰かの人差し指が真理の口に触れき 『静かに』 そこに居しは紛れもなく尾形なりき 『漸(ようや)く会へし、真理が見ず知らずの男との結婚を了承するはずが無き、きっと相手に急かされて了承させられたのだろう?』 全くその通りの事を言われたので驚きて 『なぜわかりしの?尾崎には話していないのに』 と言ふと 『勘だよ、18年も一緒なのだより、これくらいはわかる』 と言いき 『ならば尾形、私が今どうしたいのかもわかる?』 『あぁわかる、一緒に逃げむ、二人で居よう。』 それより二人を見し人はいない 月に一度、真理より両親に手紙が届くと噂があるが、それさえ人伝いの話なれば真偽は定かならず 二人が駆け落ちしたと聞きし大和は 『そうしたいならば最初から言えばよかったのだ』 とどこか淋しげに呟いきといふ 二人を見守るは月明かりのみなり