家族
私のお母さんが亡くなった。それを知らされたのは、ちょうど一年前のことだった。 もともと病弱で入院もしていたお母さんは、いつも私がお父さんと二人でお見舞いに行くと、嬉しそうに笑って、「学校は楽しい?」と聞いてきた。 うん、楽しいよ、と、ほんとうは違うけれど、私も無邪気に答えた。お父さんはそんな私を微笑ましそうに眺めて、でも、お見舞いの最後、お父さんは「あっちに行っていなさい」と決まって私を部屋から追い出した。それから、深刻そうな顔で、声をひそめてお母さんと話をするのだ。その話を聞くとき、お母さんの顔は寂しそうだった。 「あの子が心配なの」 一度だけその会話を盗み聞きしたことがある。 「まだ八歳よ。私もずっと病院だし、あなたも仕事があるでしょ。学童に預けるのもかわいそうよ。だから、私がもし逝ったら、再婚してちょうだい」 お父さんが、「そんなこと言うなよ」と宥めて、それっきり話は終わった。お父さんに呼ばれると、私はなにもなかったような顔をして、部屋に戻った。 サイコン、とか、イク、とかいう意味がその頃は理解できなかったけれど、今ならわかる。 お母さんが亡くなってからすぐ、お父さんは家に女の人を連れてきた。 「この人、東條紗奈さんっていうんだ。お父さんの会社の同僚だよ」 「紗奈です。よろしくね」 紗奈さんは細くて髪も長くて、美人だった。でもお母さんよりは美人じゃないな、と私は思う。 それから二人は楽しそうに談笑し始めた。話についていけない私は、テレビをつけて、それに熱中しているふりをしながら二人の会話に耳をすます。たわいのない会話だった。でも、五年生になり考え方も大人になっていたから、なんとなくわかっていた。お父さんはこの人と、再婚したいんだな、と。 死ぬ前にお母さんは言った。 「お母さんが死んだらね、新しいお母さんが来るのよ」と。 新しいお母さんなんていらない。私は…… 「紗奈さんがお前の新しいお母さんになるんだよ」 お父さんにそう言われたとき、私は心を無にして、笑顔を取り繕った。 紗奈さんはまもなく家にやってきた。一週間ほども経つと、紗奈さんが家にいることには慣れた。でも、私は気を緩めなかった。紗奈さんのことをお母さん、と呼ぶ気にもなれないし、親しげに話しかける気にもなれない。 そんなふうに思っていた学校からの帰り道、私はコスモスが道端に咲いているのを見つけた。それにそっとふれてみる。コスモスはお母さんが好きな花だった。 家にも居場所がない。学校ではただみんなに合わせて楽しそうにくすくす笑っているだけ。もし生まれ変わったら、コスモスになってお母さんを喜ばせたい。そう思った。 生きる意味を見出せないけど、でも、 コスモスに生まれ変わるまで、 私は頑張って生きます。 そして、いつかお母さんと会ったとき、 うんでくれてありがとうと、伝えたい。