ご存知ですか?田中くん
「では今日はここまで。来週までに復習しといてくださいね、それではさようなら」 先生の声がして、授業終わりのチャイムが鳴った。がやがやとみんなが席を立つ中、俺はずっと机に突っ伏している。 俺は田中太郎、中学二年生だ。流石にこの歳にまでなると、自分がクラスの中でモブであるということは把握できている。名前からして、とは絶対に言われたくないが。 今起き上がって仕舞えば、クラスの一軍と目が合うかもしれない。そうすれば、俺の人生は終わったに等しいだろう。かといって話しかけてくれるような友達もいないので、こうしてみんなが帰るまで寝たふりを決め込むしかないのである。 よし、そろそろいいだろうか。そう思ったその瞬間、 「ご存知ですか、田中くん」…と、小さな声がした。 「ご存知ですか、田中くん。今あなたの目の前には小野さんのスカートがあります。今顔を上げれば小野さんに変態呼ばわりされますよ?まあそうされたいのでしたらそれでもいいですけれど」 俺は慌てて上げかけた顔を下げた。しばらくして、小野さんらしき足音が遠くに消えるのが聞こえた。 「ふふ、大丈夫ですか、田中くん。」 顔を身長にあげたそこに、声の正体がいた。 「佐倉さん、驚かせないでくださいよ!!」 佐倉さん。よく俺に話しかけてくる、いやちょっかいを出してくる女の子だ。前髪がちょっと長めの黒髪ストレートで、いつも長袖のカーディガンを着ている。 「田中くん、ご存知ですか。そうやって私のことジロジロ見てる田中くん、端的に言ってキモイんですよ?」 佐倉さんはこうして俺をよくからかう。正直ちょっとうざい。 「田中くん、いま私のことうざいって思ったでしょ」 ばれている。 「まあいいです、あーあ、いいこと教えてあげようと思ったのになー」 「い、いいことってなんです?」 「いいことはいいことです。ま、田中くんは分かりませんよね。田中くんですもんね」 「ひどい」 あはは、と軽やかに笑う佐倉さんは、少し…なんていうか…その… 「田中くん、ご存知ですか。今、あなた顔真っ赤っかですよ」 ふたたびうつむいた俺に、佐倉さんがささやいた。 「田中くん、一緒に帰りましょう」 「…え?」 佐倉さんが言った。 「ご存知ですか、田中くん。私、あなたのことずっと…」 え、え、え、それって…!!!! 瞬時に赤くなった俺に、佐倉さんがにっこりと笑った。 「ずっと、からかいたいんですから!!」 …やっぱり、佐倉さんは佐倉さんだ。でも、そんな佐倉さんが、俺は… やっぱり、言わない。