疾走
風が吹く。お腹をグッと押し上げるような風だ。第一曲走路を走り抜け、左側の様子をうかがいながらインに入る。集団中盤のやや右、最高の位置を目指す。体幹と前傾、ペースを落とさずに向かい風のストレートを通過する。腕時計を見る、200mの通過29秒。良いペースだ。 ホームストレートに入る頃には、集団の呼吸が荒くなっていた。 カランカラン! ラスト一周を告げる鐘の音。ここからの200mが、選手にとって最も辛い時間になる。集団が縦に伸びてきたラスト500m通過。 勝負の予感に、心臓が腹の底から大きく跳ねた。 今だ、渾身のスパートをかけるときは。 腕振りを切り替え、タータンを力強く蹴る。身体中が悲鳴をあげる。それでも。 先頭を抜き去り、開けた視界の前方には誰もいない。過呼吸のような呼吸の中、それでも走る。短距離走の動きだ。 聴覚も視覚も失われ、あるのは身体中の痛みと激しい息だけだった。 ただただ走った。身体中の苦痛と、走りへの歓び___。