海月になった君へ。
「私さ、生まれ変わったら海月になりたいんだあ」 海を眺めながら、のんびとそう言う君。 それは、彼女の口癖だった。 光。彼女の名前だ。 「どうして?」 いつもの様に、そう返す。 「死ぬ時、辛くないんでしょう」 無邪気に笑う光。 何千回、何万回も交わしてきたこの会話。 いつか終わりはくるって分かっていたけれど。 最初の頃からすっかり痩せてしまった光を見て、複雑な気持ちになる。 光は、余命二年。 そして今日が二年目だ。 生きてほしい。僕の願いだった。 笑顔が世界一素敵で、肩までの髪が靡く。 天真爛漫で、根は真面目で。 そんな光の事を知っていく内に、もう光を手放したくないと、そう思ってしまっていた。 「人間、死ぬ時って分かるもんだね」 光の病院の前には、壮大な海が広がっていた。 外出は禁止されている為、大きな窓を全開にし、海風を楽しんでいた。 「輝君さ、二年間ありがとね。」 光の笑顔からは、死、なんて連想できない。 「お別れみたく言うな」 「輝君の青春、奪っちゃったかも」 無言で首を振る。 光と桜の木の下で出会い、そこから二年、ほとんどは光と過ごした。 でも、それが僕の青春そのものだ。 「次は未来のある子と幸せになるように!」 光は歯を見せて笑う。 拳を強く握った。 俺は光に何もしてやれない。 「輝君は、どんな大人になるのかなあ。一緒に、居たかったなあ」 もどかしさと、自分への哀れみに心が支配される。 胸が締め付けられる、この感覚は、何度も経験してきた。 この会話が、光との最後になってしまいそうで。 握った手が、すり抜けてしまいそうで。 「ずっと一緒に居よう。光は生きるんだ。」 「生きられないよ、輝君。私より良い人なんて沢山…」 光がそう言った瞬間、もう我慢出来なくなっていた。 「そんなの関係ないんだ。光がいいんだよ、それ以外要らないんだよ」 ずっと、胸にしまってきた感情。 光、困らせてしまうかな。 でも、これ以上自分を悪く言わないで。 「輝君、でも、私」 光の涙は、見た事が無かった。 こんな苦しい状況下で、無理をさせてしまった。 「光は海月になりたいと言うけれど、僕は光が光と言う一人の人間でよかったって、そう思ってるよ」 終わってほしくないと、涙が頬を伝う。 「でも…人は死んだら忘れられちゃう」 「忘れる訳ない!僕の記憶に、心に、光は永遠にいる。」 光の笑顔は、不自然そのものだった。 「光、泣いてもいいんだよ、無理なんてしなくていいんだよ」 これまで、充分すぎるほど頑張っただろ。 何かが弾けた様に、光の目から涙が溢れた。 迂闊にも、それを綺麗だと思ってしまった僕は、可笑しいのだろうか。 「輝君、私の事、忘れないでいてくれる?好きでいてくれる?また会える?」 視界が滲んでよく見えない。 光の手は、震えていた。 これまで幾度耐えてきたのだろう。人に心配かけない為に。 「輝君が私の人生を輝かせてくれたの。だから生きれたの、有難う」 俺だって。 汚れた世界に光を差し込んでくれたのは君だ。 「私、海月にならなくていい。また私になって、健康な体で輝君に会いにいくから」 深く、深く頷く。 「だから、次に会った時、私をお嫁さんにしてくれる?」 ドバッと、涙が零れた。 前に、真っ白でお姫様みたいなドレス着たいんだ、と、言っていた事を思い出す。 「当たり前だ」 光の手の甲に唇を落とす。 次あった時は、しっかりと口を重ねよう、そんな思いを込めて。 「輝君、大好き」 光は、そう言って息を引き取った。 これまで見てきた、光の笑顔の中で、一番綺麗で、可愛くて、美しい笑顔だった。 _end