もう戻れない日々に思い焦がれて。
姿見の前に立って、慣れた手つきで自分の髪を結っていく。スルスルと髪を結っていく様子は何年も練習を重ねた賜物だ。結い終わって制服のネクタイやブレザーの形を整えていると、ふと、スカートが少し色褪せていることに気づいた。入学当初はぶかぶかだったブレザーも今ではピッタリのサイズになっている。ローファーも、靴底がすり減って穴があきそうだ。 時の流れの速さというものをここまで身に染みて感じたのは初めてだった。小学生とか、ガキだった頃は時の流れなんてそんなもの意識したことも感じたこともなかったから。 少し釈然としない気持ちのまま、いつものように玄関の扉を開け私は母に行ってきます、と告げた。 家を出て、もう幾度となく通って見慣れてしまった通学路を歩く。ふと、心地よい春の風が体を撫でた。その瞬間、まるで今の春の風が運んできたかのようにぶわっと懐かしい感覚が蘇る。──確か、入学したての時にも、同じような風が吹いていた。気温も同じくらいで、とても心地よい陽気だったことが記憶に刻まれている。 少し通学路から外れた小さな公園が目に入る。いつもその公園を気に留めて歩いていなかったため、何だかその公園を見るのがすごく久しぶりに感じた。大きめな桜の木が1本生えていて、花弁がひらひらと舞い地面一面に積もっている。その光景に少し惹かれた私は公園の中に入り、1枚の花弁をつまんだ。 その花弁はとても綺麗な形をしていた。ちょっぴり嬉しくなって思わず顔が綻んでしまう。花弁に鼻を近づけて大きく吸うと、桜の独特の匂いが身体中に広がる。そういえば昔も同じことをしたな、と懐かしさも同時に感じた。 あと数日もすれば、私は今通っている学校の卒業生になる。そんなことはとっくのとうに分かっているはずなのに、何度自分の中でけじめをつけようとしても、私は心の中でこの学校生活がとても名残惜しく、手放したくないと思ってしまう。 楽しいこと、悲しいこと、悔しいこと、嬉しいこと、甘酸っぱいこと、たくさんあった。まだ、このままでいたい。卒業なんて、したくない。 そう願ったって時は残酷で、私達をお構いなく置き去りにしていく。きっと、来年も再来年もそのずっと先も、私と同じことを思う人が一定数いるのだろう。私はその繰り返しの中の一つでしかない。誰もが経験してきたことなんだし、いつかは割り切っていかないといけないことくらい分かる。でも、子供のうちはまだ叶わないわがままを言わせて。 ずっと、このままでいさせてください。 私は、歩みを止めていた足を動かしてまた学校へと歩き始めた。