【短編小説】魔女に食われたい
「魂はおいしいのですか」
「ええ。 魂とは、それはそれはうまいモノよ」
白いテーブルクロスを黒く汚しながら、魔女は妖艶に微笑んだ。
魂の血は、人間や畜生たちの色のそれではなく、黒くどろどろと鉄臭い。この世で魂の血ほど、どす黒いものはない。ベッドの下の闇も、光を失ったかのような森林の夜も、魂を貪る魔女の腹の中でさえも、その黒々と澱んだ色にのみ込まれてしまうだろう。
「……私はね、幼い頃から墓地が大好きだったの」
ぐちゃぐちゃと生々しい音が聴こえる。しかしそれとは反対に、鈴の音を転がしたような魔女の笑い声が、部屋中に響きわたる。
「死霊の苦しそうにあえぐあの声が大好きだったわ」
窓もない部屋で、テーブルの真ん中に置かれたろうそくが、一瞬フッと揺らいだ。
しかし魔女は気にせず、魂を食らいながら話を続ける。
「けれど、今は二度と聴きたくないほど、大ッキライ。 だって、食事が騒々しくわめいていたら、食欲がなくなるでしょ?」
フォークとナイフがカチャカチャと音をたてる。絶え間ない食欲と永遠の命を手にしたとき、魔女は一体何を思ったのだろうか?
「……いつになったら、あなたは僕を食べてくれるのです」
「言ったでしょ?お前みたいなマズそうな魂を食っても、私の食欲を満たすことは叶わないわ」
ため息混じりに、魔女は答える。
きっと僕の魂は、僕の想像以上においしくはないのだろう。どんなに不幸な目に遭っていようと、魔女は僕を食ってくれやしないのだから。どんなに魔女に話しかけても、どんなに僕が何かを失っても、魔女は他の魂は食ってやるくせに、僕の魂は受け付けなかった。
食われることのないまま、僕の幸せは満たされずにいた。
僕は満たされに来たと言うのに、一向に満たされない。誰かに何かを満たしてやることすら、できない。
沈黙が落ちる部屋に、魔女はクスクスと微笑をこぼし、初めて食べ進める手を止めた。
「……私は、魔女になってから老いもしないし、死を経験したことすらないの。 けれど、毎日毎日ずっとずーっと、腹が減ってしょうがないの」
魔女の顔は、暗がりでよく見えない。首元の白いナフキンに黒いシミが目立つ。深紅のドレスは見るからちに高価そうだ。魔女は一息つくと、おもむろに肘掛け椅子にもたれる。
「私は今まで満たされていた欲望を代償に、この不老不死を手に入れたのかしらね」
彼女はどこか遠くを見やると、また背筋を伸ばしてフォークとナイフを手に取る。どこか妖しい雰囲気を纏った彼女の声はどこか美しくて、惹かれるものがあった。
「そう、お前は何故私に食われたいのかしら」
魔女の言葉に、僕は言葉を無くす。
……僕は、今まで十数年としか生きてきてこなかったけれど、この十数年、一体何が僕を満たしてくれたろう?
魔女が誰かを満たすことはできないと、知っていた。
だからこそ、僕は、僕は……。
「僕は最初、あなたに自分を満たしてほしくて来たつもりだった。 けれど違った」
魔女は手にしたナイフを口元にやり、僕を一心に見つめる。
「僕は満たされることを諦めてしまいたいんだ」
満たされないと心の中で嘆きながら、愛せる人も探さず、満たされるための努力なんて行わず、考えもしない。そんな僕には、諦めることのみが頭から離れなかった。
「僕は、満たされたいんじゃない。 もう全部諦めて、楽になって自由になりたいんだ」
語るうちに、思わず自分の口元が緩んでいることに気がつき、慌てて手で隠す。しかし、何故か僕の気分はすっとして、胃にたまった毒を引きずり出して、吐き出したような清々しさすら感じていた。
僕の答えに、魔女は失笑する。食べることも忘れて、幼い少女のようにケラケラと笑う。
「アハハ、ハハ、お前はつまらないことを言うのね。 言っておくけれど、死んだって自由にはならないのよ。 死霊となって魂まで苦しみ続けるの。 永遠にね」
悪魔のような邪悪な笑みを称えた彼女の姿に、僕は何一つ怖じ気づかなかった。今まで生きていて、初めてどこか満たされたような気がする。胸の中の空虚に、何かが埋まっていく感覚がした。僕はおもむろに口を開く。
「ぼくの魂は、おいしいのですか」
「ああ、今のお前ならきっと、うまいでしょうね」
乾いた笑みがこぼれる。豪華な燭台にのったロウソクは、今も溶け続けており、白いテーブルクロスを暖かい光で照らす。彼女の顔は少し暗がりで見えにくいが、生き物の赤い血の色をしたその瞳はロウソクの灯りで輝いて見え、艶かしく花も恥じらう美しさを持っていた。
その瞬間、フッとロウソクの火が消え、かすかな煙が立ち上る。
ああ、まるで魂の血のような暗闇だな、と漆黒の世界で、僕はくだらないことを考える。
おやすみなさい、と言う声がして、ゆっくりと目を閉じた。
あめ玉少女ララ子さん(愛知・12さい)からの相談
とうこう日:2020年12月26日みんなの答え:5件
「ええ。 魂とは、それはそれはうまいモノよ」
白いテーブルクロスを黒く汚しながら、魔女は妖艶に微笑んだ。
魂の血は、人間や畜生たちの色のそれではなく、黒くどろどろと鉄臭い。この世で魂の血ほど、どす黒いものはない。ベッドの下の闇も、光を失ったかのような森林の夜も、魂を貪る魔女の腹の中でさえも、その黒々と澱んだ色にのみ込まれてしまうだろう。
「……私はね、幼い頃から墓地が大好きだったの」
ぐちゃぐちゃと生々しい音が聴こえる。しかしそれとは反対に、鈴の音を転がしたような魔女の笑い声が、部屋中に響きわたる。
「死霊の苦しそうにあえぐあの声が大好きだったわ」
窓もない部屋で、テーブルの真ん中に置かれたろうそくが、一瞬フッと揺らいだ。
しかし魔女は気にせず、魂を食らいながら話を続ける。
「けれど、今は二度と聴きたくないほど、大ッキライ。 だって、食事が騒々しくわめいていたら、食欲がなくなるでしょ?」
フォークとナイフがカチャカチャと音をたてる。絶え間ない食欲と永遠の命を手にしたとき、魔女は一体何を思ったのだろうか?
「……いつになったら、あなたは僕を食べてくれるのです」
「言ったでしょ?お前みたいなマズそうな魂を食っても、私の食欲を満たすことは叶わないわ」
ため息混じりに、魔女は答える。
きっと僕の魂は、僕の想像以上においしくはないのだろう。どんなに不幸な目に遭っていようと、魔女は僕を食ってくれやしないのだから。どんなに魔女に話しかけても、どんなに僕が何かを失っても、魔女は他の魂は食ってやるくせに、僕の魂は受け付けなかった。
食われることのないまま、僕の幸せは満たされずにいた。
僕は満たされに来たと言うのに、一向に満たされない。誰かに何かを満たしてやることすら、できない。
沈黙が落ちる部屋に、魔女はクスクスと微笑をこぼし、初めて食べ進める手を止めた。
「……私は、魔女になってから老いもしないし、死を経験したことすらないの。 けれど、毎日毎日ずっとずーっと、腹が減ってしょうがないの」
魔女の顔は、暗がりでよく見えない。首元の白いナフキンに黒いシミが目立つ。深紅のドレスは見るからちに高価そうだ。魔女は一息つくと、おもむろに肘掛け椅子にもたれる。
「私は今まで満たされていた欲望を代償に、この不老不死を手に入れたのかしらね」
彼女はどこか遠くを見やると、また背筋を伸ばしてフォークとナイフを手に取る。どこか妖しい雰囲気を纏った彼女の声はどこか美しくて、惹かれるものがあった。
「そう、お前は何故私に食われたいのかしら」
魔女の言葉に、僕は言葉を無くす。
……僕は、今まで十数年としか生きてきてこなかったけれど、この十数年、一体何が僕を満たしてくれたろう?
魔女が誰かを満たすことはできないと、知っていた。
だからこそ、僕は、僕は……。
「僕は最初、あなたに自分を満たしてほしくて来たつもりだった。 けれど違った」
魔女は手にしたナイフを口元にやり、僕を一心に見つめる。
「僕は満たされることを諦めてしまいたいんだ」
満たされないと心の中で嘆きながら、愛せる人も探さず、満たされるための努力なんて行わず、考えもしない。そんな僕には、諦めることのみが頭から離れなかった。
「僕は、満たされたいんじゃない。 もう全部諦めて、楽になって自由になりたいんだ」
語るうちに、思わず自分の口元が緩んでいることに気がつき、慌てて手で隠す。しかし、何故か僕の気分はすっとして、胃にたまった毒を引きずり出して、吐き出したような清々しさすら感じていた。
僕の答えに、魔女は失笑する。食べることも忘れて、幼い少女のようにケラケラと笑う。
「アハハ、ハハ、お前はつまらないことを言うのね。 言っておくけれど、死んだって自由にはならないのよ。 死霊となって魂まで苦しみ続けるの。 永遠にね」
悪魔のような邪悪な笑みを称えた彼女の姿に、僕は何一つ怖じ気づかなかった。今まで生きていて、初めてどこか満たされたような気がする。胸の中の空虚に、何かが埋まっていく感覚がした。僕はおもむろに口を開く。
「ぼくの魂は、おいしいのですか」
「ああ、今のお前ならきっと、うまいでしょうね」
乾いた笑みがこぼれる。豪華な燭台にのったロウソクは、今も溶け続けており、白いテーブルクロスを暖かい光で照らす。彼女の顔は少し暗がりで見えにくいが、生き物の赤い血の色をしたその瞳はロウソクの灯りで輝いて見え、艶かしく花も恥じらう美しさを持っていた。
その瞬間、フッとロウソクの火が消え、かすかな煙が立ち上る。
ああ、まるで魂の血のような暗闇だな、と漆黒の世界で、僕はくだらないことを考える。
おやすみなさい、と言う声がして、ゆっくりと目を閉じた。
あめ玉少女ララ子さん(愛知・12さい)からの相談
とうこう日:2020年12月26日みんなの答え:5件
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fcbcぐ3vふゅおおあお(語彙力消滅) す、すごい!
私とは比べ物にならない!
めちゃ長い!と思ったのに読み始めたら引き込まれた!
小説書く才能あるよ! さやいんげんさん(東京・12さい)からの答え
とうこう日:2022年2月7日 -
お...面白い!(゜ロ゜) 焼きたてピザ屋のピザ〜です!
普通は食べられたく無いけど─ってかんいじだけど(((語彙力ww
これは自ら魔女に食べてもらいたいって思う主人公と
美味しくないから食べたくない魔女で
立場が逆転していて面白い!(*´∀`)
設定も細かい!(*≧∇≦)ノ
題名も大切なところをのせていて良い!(*≧∇≦)ノ
お客さんだ!それでは!チロリーン ピザ〜さん(東京・9さい)からの答え
とうこう日:2021年9月18日 -
無題 精密な描写、練られたキャラクターの設定、圧巻を生む世界観。
主人公の全貌や葛藤、魔女との出会いや過去を知りたいと思える作品だった。是非とも長編で物語を拝みたい。 天秤さん(選択なし・14さい)からの答え
とうこう日:2020年12月29日 -
素敵すぎんか…! 冒頭の魔女の口調から始まり、艶やかな笑い声や仄暗い部屋の中まで、すごく美しい世界観の小説だなぁと思いました。それでいて描写が丁寧で緻密だから、想像も妄想もしやすかったです! 思わず惹き込まれてしまうような、とても美しい小説でした(*゚Д゚*)
他の作品も見てみたいなってくらい面白かったです…雰囲気が綺麗で読むのが心地よいです…!
素敵なお話でした!ありがとうございました♪ 臣 さん(長野・14さい)からの答え
とうこう日:2020年12月28日 -
めちゃくちゃ好きです お話の雰囲気がめちゃくちゃ好きです。
白、黒、赤と色の表し方も素敵だし、最後は全部黒になるのも良いと思いました。
魔女の笑い方の表現がいくつもあり、とてもイメージしやすくて読んでいて楽しかったです。
魂という物語の内容や、二人のキャラクター性や、表現の仕方や、
始まり方に終わり方、それから題名やその他いろいろまで本当に好みです。
語彙力が無いのでこんなことしか言えないんですけど、とにかく好きです。
好きです! 1054さん(選択なし・14さい)からの答え
とうこう日:2020年12月27日
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- 【「相談するとき」「相談の答え(回答)を書くとき」のルール】をかならず読んでから、ルールを守って投稿してください。
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- 「短編小説投稿について」をかならず読んでから、ルールを守って投稿してください。
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- 回答には相談に対する回答内容を投稿してください。過度に自己紹介等が書かれている場合は、スタッフにて削除・非公開対応を行わせていただきます。
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