源 義経
源 義経(みなもとのよしつね)って何をした人ですか? それから当時はどのような社会でしたかを教えてください! 簡単でいいです!教科書にちょろっとしか乗っていないのでとても困っています教えてください~。
みんなの答え
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源義経とは…
源義経は幼名牛若丸。母は常盤御前で父は源義家。源義家の9男。父・源義家が平治の乱で平清盛に敗れた後お坊さんになるために鞍馬寺に預けられる。その後自分は武士の子だと知り、平家打倒を試みる。まず奥州藤原氏を頼りかくまってもらう。富士川の戦いで兄・源頼朝と対面する。その後・倶利伽羅峠の戦い、一ノ谷の戦い、屋島の戦いなどで平家を破り、壇ノ浦まで追い込み壇ノ浦の戦いで平家を滅ぼした。壇ノ浦の戦いでは八艘飛びをしたとの逸話も。その後、後白河法皇に気に入られてたので頼朝に疎まれるようになる。そのあとは奥州藤原氏に頼るが裏切られ、平泉で自害した。武蔵坊弁慶との逸話は有名。主に妻や妾には郷御前・蕨姫・静御前などがいた。生き延びてチンギスハンになった説やアイヌ民族の王になった説もある。しかいこれらの説は後世に作られたものだといわれているため、信憑性は低い。
歴史が好き
古墳時代には戦いがあったけど、また戦いがあったの。
大切な人
源義経はね、平安時代の末期の武将で鎌倉幕府を開いた人だよ!!!
義経は
義経は源頼朝(よりとも)の弟。 頼朝は、鎌倉幕府を開いた人。 お父さんを平氏に殺されたから、 むっちゃ戦いに備えて頑張ってた。 平氏を滅ぼした後、貴族になったんだけど 頼朝に恨まれて、殺された。 こう言う人。かわいそうな人。
歴史好きです!
源義経は源頼朝の弟で源氏です。 戦の天才と呼ばれていました。 馬に乗った戦いが得意で騎馬団をうまく使いました。 幼名 牛若丸です。 有名な戦いが一ノ谷の戦いです! 崖下の平氏軍の陣を崖の上から奇襲攻撃を行いました。…詳しくは自分で調べてみて下さいね!面白いよ!
私も…
私もあんまり詳しいことは説明できないけど、源義経は源義朝の息子でお兄ちゃんは源頼朝だと思う。平治の乱で平氏に負けて寺に入れられたんだと思う。簡単に説明できるのはこのくらいかな。
源 義経は
源 義経は、「源」とつく時点で源氏です。「平」がつくなら平氏です。 源氏は最終的に勝ちました。 幼少期は、牛若丸と呼ばれていたと思われます。 私もそこまで義経について習っていません。正確な情報が欲しいなら、インターネットで調べるのが一番でしょう
昔はイケメンだった
兄、源頼朝の、命令に従い戦いに勝った しかし、兄の許可を得ずに朝廷から、位をもらったため 兄の怒りをかい、義経追討命令が出され、倒された
確か………
平氏(たいらのきよもり)と源氏(源頼朝) で戦って、頼朝の弟が義経です。 しかし源氏の方が勝ったのですが、今度は兄弟が戦います。(理由はなんかご褒美の量が違ったらしくて) で戦い、頼朝が勝って義経が負け今の岩手県の方で亡くなったそうです。
…検索しようか?
まぁ簡単に言うと源義経は源頼朝の息子で確か平氏だっけ?源氏?かは忘れたけど…様々な武将とた戦いました。義経は剣術が素晴らしかったんですがお風呂中に仲間に裏切られ斬り殺されたと言われてると思います。