ねぇ、知ってる?
夕方の音楽室から聞こえてくるピアノの話 夕方に忘れ物を取りに行った時に音楽室からピアノの音が聞こえてきたんだって 俺は階段を駆け足で登る。下校時間が早かった今日に限って、課題を忘れるなんて..。 課題を机から引きずり出しカバンに入れる。教室は眩しすぎる夕日によって橙色に染まっていた。 ポロン 「ん?」 微かにピアノの音が聞こえた気がした。 ポロン まただ。今度ははっきりと切ないピアノの音が己の鼓膜を震わせた。 「まさか..な」 あの噂が脳内を駆け巡る。 【夕方の音楽室から聞こえてくるピアノ】 儚くて、切なくて、優しい音。 音楽に無頓着な俺にもわかるような美しい旋律だった。 緊張するところなのかもしれないけれど、美しい音色からは悪いものなんて感じないし、恐怖心は全くなかった。 手にぐっと力を込め、音楽室の扉に手をかける。 「誰かいるのか?」 『ひゃぁ!』 俺の声が音楽室に響くと同時に情けない声が聞こえてきた。その声の主はおそるおそるといった感じでピアノから顔を出す。 それは、俺と同じくらいの年齢の女の子だった。真っ白なワンピースと肌。腰のあたりまで伸びた白髪はキラキラと輝いて見えた。 女の子はどうしたら良いかわからず困惑しているようだった。 「あ..えっと..あんたは幽霊..なのか?」 なんて声をかけたら良いのかわからなくて、しどろもどろに尋ねてみる。 『そうですけど..あなたは..?』 不信感いっぱいの様子でこちらを伺う。 信じがたい、でも決して揺るがない事実に俺はなんだか開き直りはじめた。 「俺は蒼。きれいなピアノの音が聞こえたからついきちゃって」 そういうと女の子の真っ白な頬はみるみるうちに赤く染まっていった。 『きれいな音..』 そうつぶやくと顔をうつむかせている。 『ありがとうございます...。コトハと呼んでくれたら嬉しいです』 「じゃぁ..コトハ。コトハはなんでこの学校のピアノを弾いているの?」 俺は目の前の幽霊にそう尋ねる。幽霊と会話をするってこんな感じなんだな、なんだかフワフワとした感覚だ。 『私..生きている頃、この高校に通ってて..放課後によくピアノを弾きにきてたんです』 コトハは優しい目でピアノを見て、透き通った指先でそっと触れる。 『でも、事故で死んじゃって..。なぜかわからないんですけど、ずっとここに残り続けているんです』 重いですかね..?と苦笑しながらコトハは言う。でも、俺はそんな風には思えなかった。 「重くなんかないよ。俺は一つのことを貫き通すの苦手だからさ..。そんな風に思えるコトハは格好いいよ」 初対面なのについ饒舌になってしまった。でも、これは紛れもない本心だ。 コトハは目を開いて俺を見つめ、頬を赤らめて笑った。 『ありがとう』 その言葉は心の底から出た本音だということが見て取れた。胸の内が熱くなっていくのを感じる。 「そろそろ行くね」 俺はコトハに背を向けた。しかし、もう一度コトハの方を向く。 「また来てもいい?」 コトハは一瞬驚いた表情を滲ませたが、すぐに嬉しそうな顔をしてうなずいた。 それから数ヶ月。 コトハに放課後会いに行って話をするのが当たり前になっていた。 幽霊の癖に臆病なところ。照れ屋なところ。ピアノが大好きだということー。 コトハについて知っていくたび、少し嬉しかった。 「コトハー。来たぞー」 俺はいつものようにコトハを呼ぶ。しかし、普段なら返ってくるはずの返事がきこえてこない。 『蒼くん..』 コトハの弱々しい声が聞こえてきた。 「っ..!コトハ!?」 コトハからはキラキラと光るものが全身から溢れ出して今にも消えてしまいそうになっていた。 コトハは前々からこうなることがわかっていたかのような表情を俺に見せた。 「なんで!?どうして..?」 俺はコトハのもとに駆け寄る。 『蒼くん..私の話を聞いて..』 コトハは俺に抱きつく。 『なんとなくわかってたの。私がここに残り続ける理由』 「コトハ..?」 『私、誰かに認めてほしかったんだ』 俺の肩がわずかに濡れた。 『大好きなピアノで誰かに認められたかった』 でもね、とコトハは続ける。 『蒼くんは前言ってくれた。一つのことを貫き通すコトハは格好いい、って』 俺ははじめてコトハに会った時のことを思い出す。 『蒼くんはそれ以外にもたくさん私のこと褒めてくれた..』 「なんでだよ..消えるなよコトハッ!!」 『ありがとう..私にとって蒼くんは世界一格好いい人だよ..』 コトハの最期の言葉もコトハ自身も夕日色に染まった音楽室に溶けて消えていった。 俺はそっとピアノの鍵盤をおしてみた。 ぎこちない手。響く不協和音。 「ハハッ。俺はコトハみたいにはなれないや」 乾いた笑い声と涙が同時に溢れ落ちた。
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感動しました!
みなさんこんにちは! 莉暖です! 感動しました! それぞれの表情が手に取るようにわかって、情景が思い浮かびました おつりのん~!