最近の痛バについて
こんにちは~ エサ係と申します~ 最近、痛バッグ文化にもどんどんとカーストのようなものができているように感じます。 たとえば、缶バッジじゃないと軽く見られたり笑われたりするのをよく見かけますけど、見た目からは分からない体の事情で紙で痛バを組んでいる方もいらっしゃるのに、「え、弱い」と言われることもあるみたいな話もよく聞きます。 ただ、私は痛バに正解なんてないと考えています。 オタク界隈では、「お金を使うほど偉い」という風潮もあるのは理解していますし、それ自体は仕方のないことだと思います。 でも、明らかに他人を馬鹿にするような言動はいかがなものかと思っています。 ちなみに、私が痛バを組むなら紙で組みます。私自身なで肩で、缶バッジで組むと、重くてすぐ落ちてしまい、腕が疲れてしまいますし、腰痛があるので重いものを長時間持つこともできません。 もちろん、缶バッジでA3サイズを1面も組まれている方はすごいと思います。でも、低レートで組んでいるから弱い、とか人それぞれの好みがあるのにそれを馬鹿にするのは違うのではないかと思うんです。 私は、ありのままの好きを表現するからこそ痛いバッグ「痛バ」になるのだと思っています。 それに、痛バを持っていないから弱いという風潮もありますけれど、金銭面や体調面、家庭の事情で組めない方もいらっしゃるのに…偏見だけで判断するのもいかがなものかと思います。 皆様はどう思いますか? 辛口以外でたくさんのご意見お待ちしています!
みんなの答え
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同感です!
菜乃花です! 本題なんですけど、なのもエサ係さんの言う通りだと思います! 紙であろうと、缶バであろうと、お金と時間をかけて作ったことと、推しのことを想う気持ちは同じです。 なのに、『紙で組んでいるから』と言われるのはおかしいと思います。 なのは小学生で、A3どころかA4を缶バで埋めることができません。 推し活をしている人の中にも、金銭面、体力面など色々な状況で組めない人もいますもんね。 エサ係さんやたくさんの人が楽しく推し活をできることを願ってます。 それじゃあばいばい!
同感です
同感します というか人の痛バにケチつけてくる人とか本当にいるんですね。びっくりです。 自分も痛バは人それぞれ好きに組んだら良いと思います。組む組まないも個人の自由ですし。 好きなように推したらいいと思いますー では
痛バについて。
こんばんはです!躑躅です( ・・)/ ほんだい! 分かります。私も主さんに賛成です。 私が痛バについて思うこと、綴っていきます。 私も、痛バは紙で組んでます。紙でのA4痛バですね。 筋力がないので…() けど、馬鹿にされることが怖くて、持ち出せていません。 痛バって、自分の推し愛をぶつける物だと私は思ってて。 紙も缶バもどっちも素敵ですが、「紙だから弱い」。 と決めつけるのは違うんじゃないかなと、思ってます。 紙でも缶バでも、自分が交換したり、自引きしたり。 頑張って集めて、頑張って組んだのは事実だし。 その努力は痛バを見れば分かるはずです。 紙でも、少し仕様が凝ってたり、綺麗なスリーブに1枚1枚入れたり。 その努力は目に見えるはず、なのに…。 「紙は弱い」だの、偏見だけで決めるのは、 どうなのかな、と思ってしまいます。 私は、痛バって、推している方の愛が溢れ出る物だと思うので、 紙でも缶バでも。大きくても小さくても。 どれも素敵だな。って思います。 長文&年下から失礼致しました。 ではまた!