町角の図書館
専ら人の少ない町の外れに、ぽつんと、古びた洋館が建っている。
その入口には、ひっそりと、薄汚い板がかかっている。
「開館中。誰でもどうぞ。」
そこは、私という一人の老いぼれの家であり、また、この町で唯一の図書館でもあった。
ーーー
私がここを始めたのは、単なる気まぐれだった。
私は、読書が好きだ。
人生を本に投資してきたようなものだと言っても過言ではないくらい、若い頃から暇さえあれば本を読んでいた。
そうしていつの間にか、書斎に渦高く積み上がった本の山。
読書は好きだが、何度も読むのが好きなたちでは無い。かと言って、愛着のある本たちを売ってしまう気にはどうしてもなれなかった。
本を大切にしてくれる人が、自由に読んでくれればいい。
幸運にも既に定年退職を済ませた自分には、有り余るほどの時間と金があった。
独身で一人暮らしの割に無駄に大きな家の1階を少し改造して本棚を設置すれば、あっという間に図書館が完成した。
この町に、はじめての図書館が開いたという噂は小さな町中に瞬く間に知れ渡った。
ーーー
皆がみんな、本が好きなわけではない。それでも、ここは憩いの場所として利用された。
子猫の日向ぼっこの場所に、友達との待ち合わせに、あるいは、デートスポットとして。
自分の作った場所で、誰かが幸せな気持ちになっている。
それが、私にとっての喜びだった。
時が経てば、若者はみな都会に働きに出ていった。若者のいないこの町の活気は、灯火が消えるようになくなっていく。
いつしか、私の図書館には、私以外の人影はなくなった。
ーーー
「もう、閉めるべきだ。」
そうして、今まで何度も口にした台詞を反復する。
窓際の特等席にはいつも通り、黒い尻尾が気だるげに垂れていた。
「なあ、お前もそう思うだろう。」
たった1匹の客に声をかけてみる。
「にゃあ。」
肯定とも否定ともとれない、呟くような鳴き声。
もうずいぶん大きくなった黒いシルエットが、流れた年月を象徴していた。
彼は、毎日どこからともなくやって来る。優雅に寛いでいると思えば、薄暗くなってくる頃にはいつの間にかいなくなる。
その気ままな訪問者は今の私にとっての、唯一の客だった。
私は、懐古癖をこじらせた老いぼれ。
は、と自嘲気味に笑ってみるも、ただただ、虚しいだけだった。
翌日から猫は来なくなった。
本当の孤独は私をどうしようもなく悲しくさせた。
ーーー
何十回何百回と繰り返した葛藤の答えは出ないまま、季節は廻る。
手のシワは目に見えて増えた。少し黒の残っていた髪も、いつの間にか、真白になっていた。
それを頑なに見たくなくて、今日も私は、何千もの本の背表紙を拭き続ける。
思い出に縋る老人ほど滑稽なものはない。
いつか読んだ物語のフレーズを思い出す。
皮肉なものだ。
私は今日も、私のために図書館を開く。
ーーー
箒をはくと、ホコリが舞い上がる。カーテンの隙間から覗く陽射しは、塵の一つ一つを白く映し出した。
カラン
と鐘の鳴る音がした。
予想外に、思わず目が開く。
何年もの間、待ち焦がれた音。
久しぶりに、肺に酸素が流れ込む感覚がした。
私は、慌てて入口を向いた。扉から眩しいほどに光が漏れている。久しぶりの刺激に思わずきゅっと瞳孔が縮まる。
カラン、ともう一度、音を立てて、鐘の着いた扉が閉まる。
光が和らいだそこには、若い男が立っていた。
無造作に伸ばしたような、それでいて艶やかな真っ黒な髪に、落ち着いたモノトーンの服がとてもよく似合っている。
青年は、静かに私を見つめる。
「い、らっしゃい。…なにか、御用ですか。」
久しぶりに発した声は、拙くて、乾ききっていた。
「…本が、読みたくて。」
青年は、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「僕、読み書きが出来ないんです。もし良ければ、教えてくれませんか。おじいさん。」
揺れる前髪から、青い眼が覗く。
ーーー
午後の陽気は、時の流れをゆっくりにする魔法。
開けっ放しの窓に流れる風がカーテンを揺らした。
カラン
不意に静寂を破る訪問者の合図。
はたきを片手に持ったまま、光の漏れる扉に目をやると、見慣れた黒い髪が、風に揺れた。
「いらっしゃい。」
彼は私を見ると、軽く会釈をして、いつもの席に向かう。
それは、陽の光が一等当たる、窓際の机。
町角のさびれた図書館は、今日も1人の客を歓迎した。 たつのおとしごさん(千葉・16さい)からの相談
とうこう日:2020年6月12日みんなの答え:1件
その入口には、ひっそりと、薄汚い板がかかっている。
「開館中。誰でもどうぞ。」
そこは、私という一人の老いぼれの家であり、また、この町で唯一の図書館でもあった。
ーーー
私がここを始めたのは、単なる気まぐれだった。
私は、読書が好きだ。
人生を本に投資してきたようなものだと言っても過言ではないくらい、若い頃から暇さえあれば本を読んでいた。
そうしていつの間にか、書斎に渦高く積み上がった本の山。
読書は好きだが、何度も読むのが好きなたちでは無い。かと言って、愛着のある本たちを売ってしまう気にはどうしてもなれなかった。
本を大切にしてくれる人が、自由に読んでくれればいい。
幸運にも既に定年退職を済ませた自分には、有り余るほどの時間と金があった。
独身で一人暮らしの割に無駄に大きな家の1階を少し改造して本棚を設置すれば、あっという間に図書館が完成した。
この町に、はじめての図書館が開いたという噂は小さな町中に瞬く間に知れ渡った。
ーーー
皆がみんな、本が好きなわけではない。それでも、ここは憩いの場所として利用された。
子猫の日向ぼっこの場所に、友達との待ち合わせに、あるいは、デートスポットとして。
自分の作った場所で、誰かが幸せな気持ちになっている。
それが、私にとっての喜びだった。
時が経てば、若者はみな都会に働きに出ていった。若者のいないこの町の活気は、灯火が消えるようになくなっていく。
いつしか、私の図書館には、私以外の人影はなくなった。
ーーー
「もう、閉めるべきだ。」
そうして、今まで何度も口にした台詞を反復する。
窓際の特等席にはいつも通り、黒い尻尾が気だるげに垂れていた。
「なあ、お前もそう思うだろう。」
たった1匹の客に声をかけてみる。
「にゃあ。」
肯定とも否定ともとれない、呟くような鳴き声。
もうずいぶん大きくなった黒いシルエットが、流れた年月を象徴していた。
彼は、毎日どこからともなくやって来る。優雅に寛いでいると思えば、薄暗くなってくる頃にはいつの間にかいなくなる。
その気ままな訪問者は今の私にとっての、唯一の客だった。
私は、懐古癖をこじらせた老いぼれ。
は、と自嘲気味に笑ってみるも、ただただ、虚しいだけだった。
翌日から猫は来なくなった。
本当の孤独は私をどうしようもなく悲しくさせた。
ーーー
何十回何百回と繰り返した葛藤の答えは出ないまま、季節は廻る。
手のシワは目に見えて増えた。少し黒の残っていた髪も、いつの間にか、真白になっていた。
それを頑なに見たくなくて、今日も私は、何千もの本の背表紙を拭き続ける。
思い出に縋る老人ほど滑稽なものはない。
いつか読んだ物語のフレーズを思い出す。
皮肉なものだ。
私は今日も、私のために図書館を開く。
ーーー
箒をはくと、ホコリが舞い上がる。カーテンの隙間から覗く陽射しは、塵の一つ一つを白く映し出した。
カラン
と鐘の鳴る音がした。
予想外に、思わず目が開く。
何年もの間、待ち焦がれた音。
久しぶりに、肺に酸素が流れ込む感覚がした。
私は、慌てて入口を向いた。扉から眩しいほどに光が漏れている。久しぶりの刺激に思わずきゅっと瞳孔が縮まる。
カラン、ともう一度、音を立てて、鐘の着いた扉が閉まる。
光が和らいだそこには、若い男が立っていた。
無造作に伸ばしたような、それでいて艶やかな真っ黒な髪に、落ち着いたモノトーンの服がとてもよく似合っている。
青年は、静かに私を見つめる。
「い、らっしゃい。…なにか、御用ですか。」
久しぶりに発した声は、拙くて、乾ききっていた。
「…本が、読みたくて。」
青年は、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「僕、読み書きが出来ないんです。もし良ければ、教えてくれませんか。おじいさん。」
揺れる前髪から、青い眼が覗く。
ーーー
午後の陽気は、時の流れをゆっくりにする魔法。
開けっ放しの窓に流れる風がカーテンを揺らした。
カラン
不意に静寂を破る訪問者の合図。
はたきを片手に持ったまま、光の漏れる扉に目をやると、見慣れた黒い髪が、風に揺れた。
「いらっしゃい。」
彼は私を見ると、軽く会釈をして、いつもの席に向かう。
それは、陽の光が一等当たる、窓際の机。
町角のさびれた図書館は、今日も1人の客を歓迎した。 たつのおとしごさん(千葉・16さい)からの相談
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いつもはない、おじいさんが主役! 今回は珍しい、恋愛小説などではなく、おじいさんが主役の、図書館のお話!
心が癒やされました! Dr.スランプ大好きさん(福岡・14さい)からの答え
とうこう日:2022年9月20日
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- 【「相談するとき」「相談の答え(回答)を書くとき」のルール】をかならず読んでから、ルールを守って投稿してください。
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- 「短編小説投稿について」をかならず読んでから、ルールを守って投稿してください。
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