20回目の桜の下で 〜2人だけの結婚式〜
「見回りです」
入ってきた女性看護師に少し笑みがこぼれる。とても美人な方だ。きっと美咲も生きていたら、このような女性になっていただろう。ふと窓の下の公園の裸の木を眺める。どうしても想ってしまうんだ。もう戻ってこないあの頃を。
看護師も僕が見ている方を見た。
「あの木、僕が若い頃は咲いてたんですよ。美しかったなあ」
「私、見たことないです」
「そこの引き出しの中の写真、見てください」
看護師は不思議そうな顔をして、引き出しの中の写真を見た。
「これ……」
看護師が悟ったような顔をして、こちらを見つめる。写真には桜の木と、その下で無邪気に笑う僕らが写っていた。
「綺麗ですね。右は立原さんですよね。左の女の子は……」
「僕の、恋人です」
看護師は頬を緩ませた。
「桜、咲かないのかな」
僕は膝に置かれた写真をぎゅっと握った。
時は60年前。
高校は、文化祭の準備んで盛り上がっていた。僕ら3年生にとっては最後の文化祭。誰もが思い出を作ろうと必死だ。
「ねえ修司、文化祭だけどさ」
この女の子は恋人の美咲。可愛くて、お転婆で、優しい彼女が僕は大好きだ。
文化祭の最中、僕は美咲に呼び出された。冷たくなり始めた風が、屋上にいる僕と美咲の髪をゆらす。
「なに?こんなところに呼び出して」
彼女らピンク色の唇に人差し指を当てた。
「ん?あの約束、覚えてるかなって」
「約束?……あぁ、もちろん」
僕たちの誕生日は偶然同じで4月9日。不思議な話だが、大きな病院の近くの公園の桜は4月9日だけ咲くのだ。小さい頃知ったのだが、僕たちが生まれるまであの桜が咲くことはなかったそうだ。そして、20回目の桜が咲いたときに結婚しよう、と僕たちは約束したのだ。
「もうすぐだね。20回目の桜」
美咲は幸せそうに微笑んだ。この子を守りたいと心から思った。
しかし文化祭からしばらくして、美咲が学校にこなくなった。美咲の家に行ったり、メールを送ったりしても、美咲が僕の前に現れることはなかった。
美咲から電話が来たのは、2月頃のことだった。
「修司?」
久しぶりに聞けた美咲の声は暗かった。
「美咲、どうしたの?心配したんだから」
「私ね、病気なの」
僕の言葉を遮るように言った彼女の言葉。
「私、修司に会いたい。寂しい……」
僕は無心で走った。美咲が入院しているのは、あの桜の木がある公園の前の病院らしい。怖かった。美咲がいなくなってしまうみたいで。泣きながら、ただひたすら走った。
久しぶりに会った美咲は、随分細くなっていた。いくつものチューブが美咲に繋がっていた。
「修司。本当に来てくれたんだ。ありがと」
すっかり衰弱しきった彼女にかける言葉を僕は見つけることができなかった。
「私、もう死ぬの。余命が短くてね」
僕は、その切ない美咲の顔を忘れることはできないだろう。
それから僕は毎日病院へ通った。そして4月になった頃、美咲はベッドで寝たきりの生活をしていた。
「修司、私絶対4月7日まで生きるから、結婚してよね!」
口調は元気な美咲だが、もう限界まで弱っていることが分かった。
そして、4月6日のこと。
「修司、修司……」
「なに?」
「今日は何日?」
思わず僕は嘘を言ってしまった。
「4月7日だよ」
きっと美咲は明日まで生きられない。
「よく頑張ったね……」
涙を堪えながらそう言うのが精一杯だった。
「誓いのキス……は無理か。ねえ修司、大好き」
美咲は目を閉じ、永遠の眠りにおちた。
次の日の4月7日。桜は咲かなかった。次の年も次の年も、桜は咲かなかった。
たまには思い出をゆっくりと思い出してみるのも良い。僕は昔と比べて随分と重くなった体を動かし、病室の窓を開けた。そのとき、はっきりと見えたんだ。桜の木の下で笑顔でこっちに手を振る、大好きな美咲の姿が。幻覚なんかじゃない。僕は気づいたら病室を出て、駆け出していた。風をきって走るこの感じ、すごく懐かしい。
病院を出て、公園の桜の木を見上げた。思わず目を疑った。桜が、咲いているのだ。美咲がいなくなってから60年間ずっと咲かなかったはずの桜が、満開に咲いている。そのとき思い出した。今日が4月7日だということに。
「修司おそーい!」
振り向くと、美咲がいた。18歳のままの美咲だ。美咲がイタズラっ子のように微笑む。
「修司、これが20回目の桜だね。約束通り、結婚式だよ!」
美咲はきっと気づいてきたんだ。僕が最期に美咲についた嘘に。込み上げる涙を堪えながら美咲を抱き締めた。
「美咲、大好きだよ」
もう離さない。僕の可愛いフィアンセ。僕だけのお姫様。
春風に誘われ、桜の花びらが東の空へ広がっていった。
華さん(選択なし・14さい)からの相談
とうこう日:2020年9月15日みんなの答え:4件
入ってきた女性看護師に少し笑みがこぼれる。とても美人な方だ。きっと美咲も生きていたら、このような女性になっていただろう。ふと窓の下の公園の裸の木を眺める。どうしても想ってしまうんだ。もう戻ってこないあの頃を。
看護師も僕が見ている方を見た。
「あの木、僕が若い頃は咲いてたんですよ。美しかったなあ」
「私、見たことないです」
「そこの引き出しの中の写真、見てください」
看護師は不思議そうな顔をして、引き出しの中の写真を見た。
「これ……」
看護師が悟ったような顔をして、こちらを見つめる。写真には桜の木と、その下で無邪気に笑う僕らが写っていた。
「綺麗ですね。右は立原さんですよね。左の女の子は……」
「僕の、恋人です」
看護師は頬を緩ませた。
「桜、咲かないのかな」
僕は膝に置かれた写真をぎゅっと握った。
時は60年前。
高校は、文化祭の準備んで盛り上がっていた。僕ら3年生にとっては最後の文化祭。誰もが思い出を作ろうと必死だ。
「ねえ修司、文化祭だけどさ」
この女の子は恋人の美咲。可愛くて、お転婆で、優しい彼女が僕は大好きだ。
文化祭の最中、僕は美咲に呼び出された。冷たくなり始めた風が、屋上にいる僕と美咲の髪をゆらす。
「なに?こんなところに呼び出して」
彼女らピンク色の唇に人差し指を当てた。
「ん?あの約束、覚えてるかなって」
「約束?……あぁ、もちろん」
僕たちの誕生日は偶然同じで4月9日。不思議な話だが、大きな病院の近くの公園の桜は4月9日だけ咲くのだ。小さい頃知ったのだが、僕たちが生まれるまであの桜が咲くことはなかったそうだ。そして、20回目の桜が咲いたときに結婚しよう、と僕たちは約束したのだ。
「もうすぐだね。20回目の桜」
美咲は幸せそうに微笑んだ。この子を守りたいと心から思った。
しかし文化祭からしばらくして、美咲が学校にこなくなった。美咲の家に行ったり、メールを送ったりしても、美咲が僕の前に現れることはなかった。
美咲から電話が来たのは、2月頃のことだった。
「修司?」
久しぶりに聞けた美咲の声は暗かった。
「美咲、どうしたの?心配したんだから」
「私ね、病気なの」
僕の言葉を遮るように言った彼女の言葉。
「私、修司に会いたい。寂しい……」
僕は無心で走った。美咲が入院しているのは、あの桜の木がある公園の前の病院らしい。怖かった。美咲がいなくなってしまうみたいで。泣きながら、ただひたすら走った。
久しぶりに会った美咲は、随分細くなっていた。いくつものチューブが美咲に繋がっていた。
「修司。本当に来てくれたんだ。ありがと」
すっかり衰弱しきった彼女にかける言葉を僕は見つけることができなかった。
「私、もう死ぬの。余命が短くてね」
僕は、その切ない美咲の顔を忘れることはできないだろう。
それから僕は毎日病院へ通った。そして4月になった頃、美咲はベッドで寝たきりの生活をしていた。
「修司、私絶対4月7日まで生きるから、結婚してよね!」
口調は元気な美咲だが、もう限界まで弱っていることが分かった。
そして、4月6日のこと。
「修司、修司……」
「なに?」
「今日は何日?」
思わず僕は嘘を言ってしまった。
「4月7日だよ」
きっと美咲は明日まで生きられない。
「よく頑張ったね……」
涙を堪えながらそう言うのが精一杯だった。
「誓いのキス……は無理か。ねえ修司、大好き」
美咲は目を閉じ、永遠の眠りにおちた。
次の日の4月7日。桜は咲かなかった。次の年も次の年も、桜は咲かなかった。
たまには思い出をゆっくりと思い出してみるのも良い。僕は昔と比べて随分と重くなった体を動かし、病室の窓を開けた。そのとき、はっきりと見えたんだ。桜の木の下で笑顔でこっちに手を振る、大好きな美咲の姿が。幻覚なんかじゃない。僕は気づいたら病室を出て、駆け出していた。風をきって走るこの感じ、すごく懐かしい。
病院を出て、公園の桜の木を見上げた。思わず目を疑った。桜が、咲いているのだ。美咲がいなくなってから60年間ずっと咲かなかったはずの桜が、満開に咲いている。そのとき思い出した。今日が4月7日だということに。
「修司おそーい!」
振り向くと、美咲がいた。18歳のままの美咲だ。美咲がイタズラっ子のように微笑む。
「修司、これが20回目の桜だね。約束通り、結婚式だよ!」
美咲はきっと気づいてきたんだ。僕が最期に美咲についた嘘に。込み上げる涙を堪えながら美咲を抱き締めた。
「美咲、大好きだよ」
もう離さない。僕の可愛いフィアンセ。僕だけのお姫様。
春風に誘われ、桜の花びらが東の空へ広がっていった。
華さん(選択なし・14さい)からの相談
とうこう日:2020年9月15日みんなの答え:4件
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綺麗で、感動する! タイトルが綺麗だなぁと思って読み始めたのですが、内容もものすごく美しくて、しかも感動しました(*´`)
一つ気になったのは桜が咲くのが、最初は9日って言ってたのに終盤には7日になってる?ということです。私の読解力の問題か、もしくは何か意図がありましたら申し訳ないです…!
素敵なお話ありがとうございました♪ 臣 さん(長野・14さい)からの答え
とうこう日:2020年9月16日 -
すごい! すごいですね!
めっちゃ感動しました!
とてもいいお話でした!
私の一つ上なのにこんなにすごいお話ができるなんて感動しました!
華さん、これからも期待していますよ!w
私は女子なんだけど、「美咲」っていう子は学年一いや、学校一
可愛い子なんですw性格も、頭もよくて、私は「love]のほうで好きですw
(どうでもいいw) あいうえおさん(大阪・13さい)からの答え
とうこう日:2020年9月16日 -
凄っ! 超〜良かった。
感動。
次作待ってます。 青井〜。さん(選択なし・12さい)からの答え
とうこう日:2020年9月16日 -
すごいっ! いいお話!!
本書く才能あるんじゃないですか?
将来の出版楽しみにしてまーす! rumiagvhさん(選択なし・12さい)からの答え
とうこう日:2020年9月16日
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