持ち寄る波動
「人にはね、見えない波動が出ているんだよ」
父は、オカルト話を平気でする人だった。病床に横たえる父がその話を始めたのは、淡い斜陽がカーテンを射す夕暮れ時のことだった。僕はそのときも隣で本を読んでいた。僕がページを捲る横で話は進んでいき、あるとき父は、こんな興味深いことを言った。
「波動はね、眠ると消えるんだよ」
その言葉に思わず耳を傾ける。視線は父を見ない。
「でも持ち寄ることはできる。誰がくれるかはわからないけどね。
その話は幼少期の僕では理解できず、頷きも相槌も口を衝かない。父の饒舌が解かれたのはその後だ。病室の静寂に突き刺される。ふと父に目を向けた。そのときにはもう、父は息の根を止めていた。
40歳で癌だった。余命5ヶ月。抗癌剤の影響で、髪が抜け、痩せ身は骨を浮き彫りにしている。まるで生きた屍だ。僕はその残酷な姿を見るのが苦痛で、よく本に視線を逸らしていた。活字は精神を和らげる。しかし失ってから、もっと父と接するべきだったという悔恨を孕んだ。
父が息を引き取った後、僕は不登校になった。母は放任主義だったせいか、咎めなかった。誰かの死がトラウマになった。名も身も知らない赤の他人の訃報にも、自然と涙が募った。
そして僕は47歳になった。22歳には就職先に恵まれ、26歳には婚約を交わし、28歳には一人娘を授かった。そして大事もなく47歳を迎えた。
客観視すれば順風満帆な生活だが、記憶には今も父の死が刻まれている。見えない波動の話もだ。その話が脳裏に甦るたび、僕は煙草に触れた。嫁や娘から止められたが、それでも紫煙を燻らせたベランダで父を想う。次は母かもしれないと思うと、涙が溢れた。
その直後だ。憶測は大きく外れることになる。順番が回ってきたのは僕だった。外出中に腹痛で倒れ、救急車に運ばれた後、僕は医師から膵臓癌だと告げられた。嫁には泣いて怒られた。どうして言わなかったの、と。僕に向けた憐れみと哀しみをないまぜにした声は、まだ記憶に残っている。
そして医者が息を吐いたのは、入院を続けて5ヶ月を迎えた時だった。
「余命5ヶ月です」
苦虫を噛んだような表情で告げる医者の前で、僕は固唾を飲んだ。目には潤う涙もない。後ろに立つ娘も驚愕して身体を硬直させている。顔を伏せて泣いたのは、隣に佇む嫁だった。医者は「でも」と、僕らに希望を馳せるよう促した。
「ドナーが見つかれば、まだ助かるかもしれません」
あまりにも他人事で無慈悲な、一縷の希望。僕の心には絶望が灯った。
その絶望は覆らないまま、僕は病室の天井を眺めていた。残り5ヶ月しかない命を、家族と病室で過ごす。ドナーはまだ見つかっていない。抗癌剤の影響で僕の髪も薄くなり、頬は痩せてきた。
椅子に腰かける嫁が、諦めたように呟く。
「まだ生きたい?」
僕はその唐突な問いに、しばらく経ってから唇を微かに動かした。
「どうだろうな。僕は……生きたいのかな」
わからなかった。父の運命が決した闘病生活に、僕も同じく終止符を打つか。ドナーという奇跡に賭けてまだ生きるか。僕としてはどちらも本望だった。むしろ、いま死んでも後悔はない。正確には、ひとつだけ後悔が残る。それを晴らすために、僕は口を動かした。
「僕の父さんも、癌で死んだんだ」
嫁は目を見開いて頷いた。親子の妙な共通点を察したのかもしれない。対して僕の瞳は細くなって、閉じる。
「そのとき、父さんが言ったんだ。人には見えない波動が出ているって」
見えない波動? 嫁が問う。僕も頷き、話を続ける。
「その波動は、死ぬと消える」
ぞわりと、嫁の背筋が凍ったように見えた。
「でも、波動は持ち寄ることができるんだ。誰が持ち寄ってくれたかはわからないけど、確かにわかるらしい」
「ねぇ、それって……」
僕は嫁と目を合わせる。彼女は唇を震わせながら、僕の膵臓を見ていた。涙袋は透明に濡れて、僕はそれを指先で拭ってやる。
見えない波動の話は、闘病生活の末に気付かされた。勝手に勘違いしていただけで、これは今の話だ。
「あぁ、きっと臓器移植のことだ。最期にその話を持ち出すってことは、きっと父さんは、奇跡を諦めなかったんだろうね」
途端、病室のドアが2度、ノックされた。
「ド、ドナーが見つかりました!」
医者からそう連絡を受けた。息遣いは荒く、身を震わせている。その医者が、僕の最後の記憶だった。意識はぼんやりとして、闇が閉ざす。
光が差したのは8時間後。僕は薄らと瞼を開くと、隣には嫁と娘。あの後、眠ってしまったらしい。僕の視界が開けると嫁は目を腫らして泣いた。娘は僕に抱きついて、頬擦りをしてきた。
「成功、したって」
嫁の言葉に勘づいて膵臓に触れる。気づく。そこには持ち寄られた、見えない波動が蠢いていた。
小野町さん(北海道・17さい)からの相談
とうこう日:2023年6月28日みんなの答え:6件
父は、オカルト話を平気でする人だった。病床に横たえる父がその話を始めたのは、淡い斜陽がカーテンを射す夕暮れ時のことだった。僕はそのときも隣で本を読んでいた。僕がページを捲る横で話は進んでいき、あるとき父は、こんな興味深いことを言った。
「波動はね、眠ると消えるんだよ」
その言葉に思わず耳を傾ける。視線は父を見ない。
「でも持ち寄ることはできる。誰がくれるかはわからないけどね。
その話は幼少期の僕では理解できず、頷きも相槌も口を衝かない。父の饒舌が解かれたのはその後だ。病室の静寂に突き刺される。ふと父に目を向けた。そのときにはもう、父は息の根を止めていた。
40歳で癌だった。余命5ヶ月。抗癌剤の影響で、髪が抜け、痩せ身は骨を浮き彫りにしている。まるで生きた屍だ。僕はその残酷な姿を見るのが苦痛で、よく本に視線を逸らしていた。活字は精神を和らげる。しかし失ってから、もっと父と接するべきだったという悔恨を孕んだ。
父が息を引き取った後、僕は不登校になった。母は放任主義だったせいか、咎めなかった。誰かの死がトラウマになった。名も身も知らない赤の他人の訃報にも、自然と涙が募った。
そして僕は47歳になった。22歳には就職先に恵まれ、26歳には婚約を交わし、28歳には一人娘を授かった。そして大事もなく47歳を迎えた。
客観視すれば順風満帆な生活だが、記憶には今も父の死が刻まれている。見えない波動の話もだ。その話が脳裏に甦るたび、僕は煙草に触れた。嫁や娘から止められたが、それでも紫煙を燻らせたベランダで父を想う。次は母かもしれないと思うと、涙が溢れた。
その直後だ。憶測は大きく外れることになる。順番が回ってきたのは僕だった。外出中に腹痛で倒れ、救急車に運ばれた後、僕は医師から膵臓癌だと告げられた。嫁には泣いて怒られた。どうして言わなかったの、と。僕に向けた憐れみと哀しみをないまぜにした声は、まだ記憶に残っている。
そして医者が息を吐いたのは、入院を続けて5ヶ月を迎えた時だった。
「余命5ヶ月です」
苦虫を噛んだような表情で告げる医者の前で、僕は固唾を飲んだ。目には潤う涙もない。後ろに立つ娘も驚愕して身体を硬直させている。顔を伏せて泣いたのは、隣に佇む嫁だった。医者は「でも」と、僕らに希望を馳せるよう促した。
「ドナーが見つかれば、まだ助かるかもしれません」
あまりにも他人事で無慈悲な、一縷の希望。僕の心には絶望が灯った。
その絶望は覆らないまま、僕は病室の天井を眺めていた。残り5ヶ月しかない命を、家族と病室で過ごす。ドナーはまだ見つかっていない。抗癌剤の影響で僕の髪も薄くなり、頬は痩せてきた。
椅子に腰かける嫁が、諦めたように呟く。
「まだ生きたい?」
僕はその唐突な問いに、しばらく経ってから唇を微かに動かした。
「どうだろうな。僕は……生きたいのかな」
わからなかった。父の運命が決した闘病生活に、僕も同じく終止符を打つか。ドナーという奇跡に賭けてまだ生きるか。僕としてはどちらも本望だった。むしろ、いま死んでも後悔はない。正確には、ひとつだけ後悔が残る。それを晴らすために、僕は口を動かした。
「僕の父さんも、癌で死んだんだ」
嫁は目を見開いて頷いた。親子の妙な共通点を察したのかもしれない。対して僕の瞳は細くなって、閉じる。
「そのとき、父さんが言ったんだ。人には見えない波動が出ているって」
見えない波動? 嫁が問う。僕も頷き、話を続ける。
「その波動は、死ぬと消える」
ぞわりと、嫁の背筋が凍ったように見えた。
「でも、波動は持ち寄ることができるんだ。誰が持ち寄ってくれたかはわからないけど、確かにわかるらしい」
「ねぇ、それって……」
僕は嫁と目を合わせる。彼女は唇を震わせながら、僕の膵臓を見ていた。涙袋は透明に濡れて、僕はそれを指先で拭ってやる。
見えない波動の話は、闘病生活の末に気付かされた。勝手に勘違いしていただけで、これは今の話だ。
「あぁ、きっと臓器移植のことだ。最期にその話を持ち出すってことは、きっと父さんは、奇跡を諦めなかったんだろうね」
途端、病室のドアが2度、ノックされた。
「ド、ドナーが見つかりました!」
医者からそう連絡を受けた。息遣いは荒く、身を震わせている。その医者が、僕の最後の記憶だった。意識はぼんやりとして、闇が閉ざす。
光が差したのは8時間後。僕は薄らと瞼を開くと、隣には嫁と娘。あの後、眠ってしまったらしい。僕の視界が開けると嫁は目を腫らして泣いた。娘は僕に抱きついて、頬擦りをしてきた。
「成功、したって」
嫁の言葉に勘づいて膵臓に触れる。気づく。そこには持ち寄られた、見えない波動が蠢いていた。
小野町さん(北海道・17さい)からの相談
とうこう日:2023年6月28日みんなの答え:6件
![※23:00〜6:00は回答の投稿はできません](/soudan/v2/images/btn_answer_ng.png)
[ まえへ ]
1
[ つぎへ ]
6件中 1 〜 6件を表示
-
ここに神がいる… 題名も文章構成も,すごく丁寧に作られていて…感動しました!
“波動”の表現が素敵ですね…終わり方も天才ですね。 やじるし。さん(選択なし・14さい)からの答え
とうこう日:2023年8月5日 -
ありがとう。 素敵です。
文章の書き方自体にこだわりを感じます。
人間さん(選択なし・18さい)からの答え
とうこう日:2023年8月3日 -
感動する!! Hi(^^♪My name's Marin(*´・ч・`*)
☆*: .。. o本題o .。.:*☆
感動する!!
Have a nice day(*^^)v
Thanks for reading(*'ω'*)See ya(^^♪ 舞凜*まりん*#元兎乃#小6女子さん(岐阜・12さい)からの答え
とうこう日:2023年8月2日 -
感動物語! こんちゃ、芽依だよっ(^-^)/
めいめいって呼んでね(*^^*)
*・゜゚・*:.。..。.:*本題*:.。. .。.:*・゜゚・*
感動物語!
読み始めたら、涙が止まりません!
内容は難しいけど、その分考えさせられて面白いし、言葉の表現の使い方も◎。
さすが小野町さん!
年下からタメ口失礼しました!
ばいちゃ( ^ω^ ) 芽依*めい*#元莉音#からぴち推し!さん(岐阜・12さい)からの答え
とうこう日:2023年8月2日 -
すごい! ぷしゅッぷしゅッ…ぷしゅぅ?
どうもっ!元ちなのちなぷしゅ。ですっ♪
名前覚えてくれると嬉しいなっ♪
☆本題☆
最初は、波動って
オーラとか、そういうものだと思ってたけど
臓器移植のことだとは
思わなかったなぁ
(/*⌒▽⌒*)/ ちなぷしゅ。 元ちな 名前も変えたさん(福岡・11さい)からの答え
とうこう日:2023年8月2日 -
感動 こんにちは♪純恋です(≧∇≦)b
琉希から改名したので名前覚えて
もらえたら嬉しいです(^_-)-☆
*・*・*・*・*・START*・*・*・*・*・*
小6だから読めない漢字もあったけど、
闘病生活で奇跡が起こって『僕』の命が
助かって良かった!
さすが17歳!って感じです(*^^*)
*・*・*・*・*・FINISH*・*・*・*・*・*
誤字脱字あったらすみません!
参考になったら嬉しいです(^o^) 元琉希 純恋 #改名したよ!さん(神奈川・11さい)からの答え
とうこう日:2023年8月2日
[ まえへ ]
1
[ つぎへ ]
6件中 1 〜 6件を表示
-
- 【「相談するとき」「相談の答え(回答)を書くとき」のルール】をかならず読んでから、ルールを守って投稿してください。
-
- 「短編小説投稿について」をかならず読んでから、ルールを守って投稿してください。
-
- キッズなんでも相談では、投稿されたユーザーの
個人 を判断 することが出来ないため、削除依頼 には対応することは出来ません。投稿しても問題ない内容かよく確認してください。
- キッズなんでも相談では、投稿されたユーザーの
![※23:00〜6:00は相談の投稿はできません](/soudan/v2/images/sendng_subbtn.png)
![実施中のアンケート](/images/smp/survey_list_t.png)
- カテゴリごとの新着相談
-
-
- AIと話せるならどんなことを話してみたい?06月26日
-
- iPhoneの機種変07月19日
-
- 友達とお祭りに行くか家族と花火大会に行くか07月19日
-
- 人間関係 どうすればいいのか07月19日
-
- 母がうざい・厳しすぎる07月19日
-
- みんなは夏休みの宿題いつするー?07月19日
-
- 生理急にこなくなった、、、07月18日
-
- 太ももに...07月18日
-
- 卓球部の人、教えてください!!07月18日
-
- WMIU404W好きな人~~!07月18日
-
- 推しの子好きな人いる?07月19日
-
- 小学生なのに中学生が好きになってしまいました…07月19日
-
- 女の子らしくなりたい07月19日
-
- みんなの好きな飲み物は?07月19日
-
- 素人質問で恐縮ですが...07月18日
-
- いと04月23日
-
- 一人称変えたいけど……07月19日
-
![いろんな相談先があります](/images/bnr/bnr_sos.png)
![子供のSOSの相談窓口](/images/bnr/bnr_sos_2.png)
いじめで困ったり、ともだちや先生のことで不安や悩みがあったりしたら、一人で悩まず、いつでもすぐ相談してね。
・>>SNSで相談する
・電話で相談する
![24時間子供SOSダイヤル(通話料無料)](/images/bnr/bnr_tel.png)
・>>地元の相談窓口を探す
![チャイルドライン](/images/bnr/bnr_sos_3.png)
18歳までの子どものための相談先です。あなたの思いを大切にしながら、どうしたらいいかを一緒に考えてくれるよ。