北風と太陽
「じゃあね、雅也(まさや)」
深夜二時。
そう言って、女はこっそりと家を出た。
“雅也。お母さんはもう、この家に帰ってこないからね。
お母さんはもう雅也を愛せない。
他に好きな人ができたの。
じゃあね。”
この手紙を読んだ時の僕の気持ちを誰か代弁してくれないだろうか。
僕は母さんが家を出て行ったことにあまり驚いていない。夜遅くに帰宅してくるたびに言う、「残業」は嘘だと思っていた。外に男でも作ってるんだろうなとは思っていたが、まさかこんな息子に何も言わずに家を出るとは思っていなかった。母さんはきっと気づいていなかっただろう。僕が母さんの嘘を見抜いていたなんて。中学二年生を侮ってはいけない。
僕の心を支配していたのは驚きというよりは悲しみと正体不明のぐちゃぐちゃな感情。
ぐちゃぐちゃになった気持ちを一言で言い表せば逃げたいだった。
逃げたいという一言でこの気持ちを全て言い表わせることはできない。だけど、確かに逃げたいという気持ちがあった。
こんな状況から逃げられれば僕はきっと晴れ晴れとした気持ちになるだろう。
他に恋人ができたから息子を愛せない。それはおかしいことだ。恋人に向ける愛と息子に向ける愛は種類が違う。だけど、それは母さんの中では同義なのだ。
逃げたい。こんな状況から今すぐ逃げたい。
逃げたいという気持ちが一旦、収まると今度は怒りが込み上げてきた。
「前歯全部折ってやりたい」
もし、邂逅すれば僕は間違いなく母さんの前歯を全部折るだろう。
手紙を怒りに任せて机に叩きつけた。
まず、こういう時はどうするべきだろうか。
警察に連絡?児童相談所に電話?親戚に連絡?
親戚は父方にするべきだろう。
父さんは去年、病気で死んでしまったけど、父方の親戚との交流は続いている。
母方の親戚は母さんとは似ても似つかない、明るくて優しく、真面目な人ばかりだけど、娘や姉、妹の失踪を知らせるのは理由は分からないけど憚られた。
気持ちを吐き出すためにため息をついて固定電話の受話器を取った。
「雅也。テストの手応えは?」
伯母さんが聞いてきた。
「前回よりは手応えがあるよ」
僕は父の姉に引き取られた。
伯母さんには娘さんが一人、息子さんが一人いるけどうまくやっていると思う。
「兄ちゃん、勉強教えて」
僕の義理の妹、小学六年生の実穂(みほ)が僕に言った。
「良いよ」
実穂の隣に座って理科を教える。
実穂が大門ニが解けた時、義理の弟の貴洋(たかひろ)が帰ってきた。
表情が暗く、顔は真っ青だった。
伯母さんが貴洋に聞いた。
「貴洋、どうしたの?」
貴洋はおばさんに答えず、僕に言った。
「歌織(かおり)さんが来てる」
実穂が唖然とした。
「雅也」
母さんは自宅玄関の前にいた。
母さんを最後に見た時とちっとも変わっていない。
「男に振られたの?」
母さんは苦笑して首を振った。
「結婚する予定よ。
今年、高校受験でしょ?忘れると困るから合格祝い、先に渡しておくね」
そう言って、封筒を渡してくる。太陽に透かされて、一万円札が見えた。
「どこを受けるかも知らないくせに」
「加奈子(かなこ)さんと音信不通になっちゃってね」
そういえば電話番号とメールアドレスを変えたとこの家に来た当日に言われたような気がする。
「とにかく、このお金は受け取れない。志望校も知らない人に、僕を置いて出て言ったあんたなんかに金をもらいたくない」
母さんは悲しそうに微笑むと、踵を返した。
僕はしばらく、そこに立ち尽くしていた。北風が吹いてくるまで。 みゆさん(静岡・13さい)からの相談
とうこう日:2020年10月23日みんなの答え:0件
深夜二時。
そう言って、女はこっそりと家を出た。
“雅也。お母さんはもう、この家に帰ってこないからね。
お母さんはもう雅也を愛せない。
他に好きな人ができたの。
じゃあね。”
この手紙を読んだ時の僕の気持ちを誰か代弁してくれないだろうか。
僕は母さんが家を出て行ったことにあまり驚いていない。夜遅くに帰宅してくるたびに言う、「残業」は嘘だと思っていた。外に男でも作ってるんだろうなとは思っていたが、まさかこんな息子に何も言わずに家を出るとは思っていなかった。母さんはきっと気づいていなかっただろう。僕が母さんの嘘を見抜いていたなんて。中学二年生を侮ってはいけない。
僕の心を支配していたのは驚きというよりは悲しみと正体不明のぐちゃぐちゃな感情。
ぐちゃぐちゃになった気持ちを一言で言い表せば逃げたいだった。
逃げたいという一言でこの気持ちを全て言い表わせることはできない。だけど、確かに逃げたいという気持ちがあった。
こんな状況から逃げられれば僕はきっと晴れ晴れとした気持ちになるだろう。
他に恋人ができたから息子を愛せない。それはおかしいことだ。恋人に向ける愛と息子に向ける愛は種類が違う。だけど、それは母さんの中では同義なのだ。
逃げたい。こんな状況から今すぐ逃げたい。
逃げたいという気持ちが一旦、収まると今度は怒りが込み上げてきた。
「前歯全部折ってやりたい」
もし、邂逅すれば僕は間違いなく母さんの前歯を全部折るだろう。
手紙を怒りに任せて机に叩きつけた。
まず、こういう時はどうするべきだろうか。
警察に連絡?児童相談所に電話?親戚に連絡?
親戚は父方にするべきだろう。
父さんは去年、病気で死んでしまったけど、父方の親戚との交流は続いている。
母方の親戚は母さんとは似ても似つかない、明るくて優しく、真面目な人ばかりだけど、娘や姉、妹の失踪を知らせるのは理由は分からないけど憚られた。
気持ちを吐き出すためにため息をついて固定電話の受話器を取った。
「雅也。テストの手応えは?」
伯母さんが聞いてきた。
「前回よりは手応えがあるよ」
僕は父の姉に引き取られた。
伯母さんには娘さんが一人、息子さんが一人いるけどうまくやっていると思う。
「兄ちゃん、勉強教えて」
僕の義理の妹、小学六年生の実穂(みほ)が僕に言った。
「良いよ」
実穂の隣に座って理科を教える。
実穂が大門ニが解けた時、義理の弟の貴洋(たかひろ)が帰ってきた。
表情が暗く、顔は真っ青だった。
伯母さんが貴洋に聞いた。
「貴洋、どうしたの?」
貴洋はおばさんに答えず、僕に言った。
「歌織(かおり)さんが来てる」
実穂が唖然とした。
「雅也」
母さんは自宅玄関の前にいた。
母さんを最後に見た時とちっとも変わっていない。
「男に振られたの?」
母さんは苦笑して首を振った。
「結婚する予定よ。
今年、高校受験でしょ?忘れると困るから合格祝い、先に渡しておくね」
そう言って、封筒を渡してくる。太陽に透かされて、一万円札が見えた。
「どこを受けるかも知らないくせに」
「加奈子(かなこ)さんと音信不通になっちゃってね」
そういえば電話番号とメールアドレスを変えたとこの家に来た当日に言われたような気がする。
「とにかく、このお金は受け取れない。志望校も知らない人に、僕を置いて出て言ったあんたなんかに金をもらいたくない」
母さんは悲しそうに微笑むと、踵を返した。
僕はしばらく、そこに立ち尽くしていた。北風が吹いてくるまで。 みゆさん(静岡・13さい)からの相談
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