好くということ、救うということ
雨が窓ガラスに謳っていた。
窓際に置いてあった小さな観葉植物は気圧と共に揺れた。銀のシンクでココアを注いでた貴方は微かに言った。
「たった9年。」と。
急に発さられた言葉は、分からなかった。なにしろ主語と述語が無いから。でもこれは彼女の癖だ。彼女はときたま、急に変なことを言い出す。最初出会った時には、驚いてコーヒーをワイシャツに湿らせたのを思い出す。
パソコン作業をしていた手を止め、木製の椅子を彼女の方に向けると、私は隣の椅子に腰掛けるよう、自分の椅子から隣の椅子を離れさせた。
彼女が椅子を引くと、雨音は遮られ、1度静かな空間が出来た。彼女は分厚いレンズ越しに目を伏せると、本題を話しはじめるように息を吸った。彼女は木製のテーブルに爪を当てながら、私の方をじっくり見ていた。
「たった9年という言葉が不思議でたまらない。義務教育という言葉が不思議でたまらない。」
義務教育、9年。それらの言葉をリンクさせてみた。おそらく彼女が言っていることは小中の事だ。私と彼女は少し緊迫した様子で、お互い、ココアを啜っていた。ぽつんぽつんと雨音が窓ガラスに叩かれては消えた。
「9。別に莫大な数字では無いのだけれど、それに年が付くと、360日が9回繰り返される。」
「これほど最悪なことは無いし、なにより、学問を受けさせられる意味も分からないの。」
学問、という少しかっこつけた言い方に顔を顰めたが、彼女の言い分を理解するために、その顔を戻した。
彼女の手元を見てると、ふと、思い出したことがある。ぼんやりとして、薄く見えないけど。
『君は、学校に何か恨みでもあるのか』
「あなたが1番知ってるんじゃないの」
『何度も言ってるが、ほんとにその態度は僕の友人だったのか疑うんだ。』
『1番知ってるも何も、僕は何も覚えていない。』
『僕が記憶を失った時間も、場所もわからない。』
私が一口でそう言い切ると、彼女は不自然にため息をついた。
何かを諦めたような、憂鬱なような。私には理解が出来なかった溜息は、曇天に消えていった。
彼女は、「少し頭を冷やしてくる。」と言って、二階へ登って行った。
その背中にはどこか、何かを感じるものがあった。その何かというものは、思い出せそうで思い出せない。でも、思い出したら思い出したで、後悔する気がする。
『懺悔。これが懺悔と言うのか。僕は何をしたのか、理解が出来なかった。』
『何かをした、その内容次第で私は酷く泣くのか』
『彼女の背中から感じた何かは、私のこの外された記憶と一致してる物なのだろうか?』
階段をあがって突きあたりくらいに私の部屋はある。全部白に染ったその部屋のベッドに、私は顔を填めた。ゆっくり、ゆっくり。
記憶が無いなんて、あるはずがないと思った。そういう展開は小説でも読んだし、理解はしてたけど。私は現場を見てしまった。
あるって信じたくなかった。
雨音がうるさく感じて、むしゃくしゃした私はカーテンを乱雑に閉めた。
あの人の金髪はすっかり変わってしまった。事故が起こって、退院した時くらいから、あの髪の毛は黒に染っていた。
ピアスも、全て外されていた。あんなに着崩されていたワイシャツも、今では規則正しくボタンを止めている。
私が苦しめられたその拳も、脚も、すべて桁違いに美しくなっていた。私の頬に貼られたガーゼは、今でも残っているのに、それを彼は今心配してくれている。
私は、9年、彼に苦しめられた。
憎むほど嫌いだった。好いてなかった。でも、年月っていう魔法は効くもので、中学2年位になると、もはや好けるようになってた。気付いたら、目で追いかけてた。
思えば利害の一致だったのかもしれない。彼が私を小馬鹿にしてきたら、私は彼に話しかけられただけで嬉しくなるのだから。
だけど、私の頬のガーゼが消えるまで、彼の私に対しての記憶を思い出すまで、私の口から、好いているだとか言いたくない。
『私は、彼を好いている訳では無い。これは双方の欲求が互いに一致してるから成立してる。』
『好いているとしても、彼が記憶を思い出すまで、私はそういう思いを告白したくない。』
『事故の日もこんな雨だったわね』
いわさきさん(東京・11さい)からの相談
とうこう日:2020年11月26日みんなの答え:2件
窓際に置いてあった小さな観葉植物は気圧と共に揺れた。銀のシンクでココアを注いでた貴方は微かに言った。
「たった9年。」と。
急に発さられた言葉は、分からなかった。なにしろ主語と述語が無いから。でもこれは彼女の癖だ。彼女はときたま、急に変なことを言い出す。最初出会った時には、驚いてコーヒーをワイシャツに湿らせたのを思い出す。
パソコン作業をしていた手を止め、木製の椅子を彼女の方に向けると、私は隣の椅子に腰掛けるよう、自分の椅子から隣の椅子を離れさせた。
彼女が椅子を引くと、雨音は遮られ、1度静かな空間が出来た。彼女は分厚いレンズ越しに目を伏せると、本題を話しはじめるように息を吸った。彼女は木製のテーブルに爪を当てながら、私の方をじっくり見ていた。
「たった9年という言葉が不思議でたまらない。義務教育という言葉が不思議でたまらない。」
義務教育、9年。それらの言葉をリンクさせてみた。おそらく彼女が言っていることは小中の事だ。私と彼女は少し緊迫した様子で、お互い、ココアを啜っていた。ぽつんぽつんと雨音が窓ガラスに叩かれては消えた。
「9。別に莫大な数字では無いのだけれど、それに年が付くと、360日が9回繰り返される。」
「これほど最悪なことは無いし、なにより、学問を受けさせられる意味も分からないの。」
学問、という少しかっこつけた言い方に顔を顰めたが、彼女の言い分を理解するために、その顔を戻した。
彼女の手元を見てると、ふと、思い出したことがある。ぼんやりとして、薄く見えないけど。
『君は、学校に何か恨みでもあるのか』
「あなたが1番知ってるんじゃないの」
『何度も言ってるが、ほんとにその態度は僕の友人だったのか疑うんだ。』
『1番知ってるも何も、僕は何も覚えていない。』
『僕が記憶を失った時間も、場所もわからない。』
私が一口でそう言い切ると、彼女は不自然にため息をついた。
何かを諦めたような、憂鬱なような。私には理解が出来なかった溜息は、曇天に消えていった。
彼女は、「少し頭を冷やしてくる。」と言って、二階へ登って行った。
その背中にはどこか、何かを感じるものがあった。その何かというものは、思い出せそうで思い出せない。でも、思い出したら思い出したで、後悔する気がする。
『懺悔。これが懺悔と言うのか。僕は何をしたのか、理解が出来なかった。』
『何かをした、その内容次第で私は酷く泣くのか』
『彼女の背中から感じた何かは、私のこの外された記憶と一致してる物なのだろうか?』
階段をあがって突きあたりくらいに私の部屋はある。全部白に染ったその部屋のベッドに、私は顔を填めた。ゆっくり、ゆっくり。
記憶が無いなんて、あるはずがないと思った。そういう展開は小説でも読んだし、理解はしてたけど。私は現場を見てしまった。
あるって信じたくなかった。
雨音がうるさく感じて、むしゃくしゃした私はカーテンを乱雑に閉めた。
あの人の金髪はすっかり変わってしまった。事故が起こって、退院した時くらいから、あの髪の毛は黒に染っていた。
ピアスも、全て外されていた。あんなに着崩されていたワイシャツも、今では規則正しくボタンを止めている。
私が苦しめられたその拳も、脚も、すべて桁違いに美しくなっていた。私の頬に貼られたガーゼは、今でも残っているのに、それを彼は今心配してくれている。
私は、9年、彼に苦しめられた。
憎むほど嫌いだった。好いてなかった。でも、年月っていう魔法は効くもので、中学2年位になると、もはや好けるようになってた。気付いたら、目で追いかけてた。
思えば利害の一致だったのかもしれない。彼が私を小馬鹿にしてきたら、私は彼に話しかけられただけで嬉しくなるのだから。
だけど、私の頬のガーゼが消えるまで、彼の私に対しての記憶を思い出すまで、私の口から、好いているだとか言いたくない。
『私は、彼を好いている訳では無い。これは双方の欲求が互いに一致してるから成立してる。』
『好いているとしても、彼が記憶を思い出すまで、私はそういう思いを告白したくない。』
『事故の日もこんな雨だったわね』
いわさきさん(東京・11さい)からの相談
とうこう日:2020年11月26日みんなの答え:2件
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素晴らしい作品ですね とても心に残る美しい作品でした。
表現や展開、台詞、締め括りがどれも欠けることなく美しくて、面白かったです。
目の前で物語の現場を見ている……そんな気持ちになりました。
良い作品に出会えて本当に嬉しいです。
いわさきさんの次回作が投稿されたら、また読ませていただきます。 オルゴール@低気圧さん(選択なし・15さい)からの答え
とうこう日:2020年11月28日 -
私のどタイプです こんにちは。
この小説、途中で主人公が変わっていますね。
それにこういうイヤミス的な物、私大好きです。
主観が変わる小説って、神の視点(読者)にしかわからない結末があるから面白いんですよ。
今回の場合、”記憶喪失”という、話していることに信用が持てない主人公がいるので、意見や解釈が食い違っていたり、ぼやけている所が当然のようにあります。
それが、次の女性主人公パートで全貌が明らかになっていく。
次回楽しみにしています。
湊かなえさんご存知ですか?
有名なイヤミス作家さんです。
是非おススメしますよ。 白田さん(選択なし・16さい)からの答え
とうこう日:2020年11月27日
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