狼男の僕
僕は生まれる時代を間違えた。
天下統一された、争いの無い時代に生まれたかった。
一度統一された時代は、終わりを迎えようとしていた。
争いが毎日起こっていた時代に生まれなかった事は嬉しいけど、こんな毎日も嫌だ。
てくてくと夜道を歩いていると、木々の間から刀を持った武士が現れた。人質だろうか、可愛らしい少女の首を絞めている。少女の頭にはびらびら簪が刺さっている。独身らしい。
可愛い少女だ。僕とそんなに年も変わらない。……好きだな。
えっ、これって一目惚れ?
武士のことは一瞬、壬生浪とかかと思ったけれど、どうやら違う。壬生浪が取り締まっているのは討幕志士たちだ。
周りの人たちは壬生浪を毛嫌いしているけれど、僕は内心、壬生浪のことを嫌いには思っていない。このまま志士たちを取り締まって、穏やかな世界にしてもらえるとありがたい。僕は苦しまなくて済む。
「持っているものを全て出せ」
武士は土だらけだった。何があったのだろうか。
「藩から逃げてきたの?」
とりあえず思いついたことを言ってみると、図星だったらしい。抜刀して僕に襲いかかってくる。
脱藩って重罪だったんだっけ?武士ではない僕には分からない。
僕は武士から刀を奪うと、その刀で武士を突き刺した。武士は痙攣しながら、どさっと音を立てて地面に倒れた。刺された部分から血が流れた。
強く刺しすぎた。迂闊だった。今日は満月の晩。満月の晩に血を見ると僕は……。人間じゃなくなってしまう。
身体中から毛が生えてくる。尻尾が生える感触がある。耳が現れるのを感じる。伸びていく爪を見た。歯が鋭く尖って、牙になっていくのを悟った。
びらびら簪の少女が怯えたように一歩後ずさった。そして、透き通るような綺麗な声で一言、
「狼憑き?」
これだから、平和な世界を希求しているんだよ。平和になれば血を見る機会も減る。狼に変身する頻度も減るんだ。
少女は事もあろうに僕に近づいた。
「ねえ、大丈夫?体に異常とか無い?」
大丈夫という意味を込めて僕は頷いた。
少女はほっとしたように顔を綻ばせると、
「私、さよ。あなたは?」
牙が返事をするのを邪魔する。だが、僕は何とか答えたくて頑張った。
「泰助(たいすけ)」
さよは頷くと、
「満月の晩に血を見るとこうなるの?これは一晩中続くの?生まれつき?」
さよは賢い。
僕は頷いた。両親がこれを外部に漏らさなかったおかげで僕は今、周りの人から疎外されることなくこうしていられている。
少女は困ったように頷いた。やがて、
「私、今日、病気になった祖母の所に行こうと思っていたの。一緒に行かない?一晩だけの事でもその方が安全でしょ。壬生浪の人達も心配だし。壬生浪、嫌いじゃないんだけどね。武士に殺されそうになった時に助けてくれたの」
さよは僕と同じ気持ちらしかった。
僕は親近感を抱いて、頷いた。
僕が書いた手紙をさよに両親に送ってもらい、さよと一緒に大和に行った。おばあさんに会っている間、僕は辺りの店を見ていた。
結婚相手でもない少年を親族に会わせるわけが無い。というか、僕が遠慮した。
てくてくと来た道をさよと一緒に戻る。
山道を歩いている最中、さよの足が止まった。
「あのさ、私と泰助くんが会うのはこれが最後なのかな」
僕はさよの方を見ずに答えた。
「多分ね」
人間じゃなくなる僕にはこんな素敵な子を好きになる資格が無い。一緒にいる資格も無い。
狼になっても知能は低下しないし、理性も失わない。運動能力が向上するし、夜目も利くようになるし、五感も鋭くなる。損は無いが、僕はやはりきっと人間じゃないと思わせられる。血を見ずに済むようにするためには世界が平和になるしかない。戦いばかりの時代に生まれなくて良かったけれど、また戦いが始まりそうだ。
「嫌だな」
さよがぽつりと言った。
僕の中にわずかな期待が生まれる。
そんな可能性、無いはずなのに。期待通りでもさよを困らせるだけなのに。
それでも、わずかな期待とともに僕はさよに聞いた。
「嫌だって、何で?」
一瞬の沈黙。
「好きだから……。泰助くんのこと」
期待通りだった。
小さな自己嫌悪が生まれた。……僕から言いたかった。
まだ、間に合うかな。もう間に合わないか。
「こんな僕でも良いの?狼になっちゃう僕でも?」
「狼なんてそんなの関係無いよ。狼だからって好きじゃなくなるのは愛とは呼ばないと思う」
正論だ。
もう間に合わないけど、言わなきゃいけない。
「僕も好きだよ、さよのこと」
こんな僕でも好きになってくれる子が現れた。その子と両思いだった。さよとなら狼になることも受け入れられるのかな。 毛糸さん(静岡・14さい)からの相談
とうこう日:2021年1月10日みんなの答え:14件
天下統一された、争いの無い時代に生まれたかった。
一度統一された時代は、終わりを迎えようとしていた。
争いが毎日起こっていた時代に生まれなかった事は嬉しいけど、こんな毎日も嫌だ。
てくてくと夜道を歩いていると、木々の間から刀を持った武士が現れた。人質だろうか、可愛らしい少女の首を絞めている。少女の頭にはびらびら簪が刺さっている。独身らしい。
可愛い少女だ。僕とそんなに年も変わらない。……好きだな。
えっ、これって一目惚れ?
武士のことは一瞬、壬生浪とかかと思ったけれど、どうやら違う。壬生浪が取り締まっているのは討幕志士たちだ。
周りの人たちは壬生浪を毛嫌いしているけれど、僕は内心、壬生浪のことを嫌いには思っていない。このまま志士たちを取り締まって、穏やかな世界にしてもらえるとありがたい。僕は苦しまなくて済む。
「持っているものを全て出せ」
武士は土だらけだった。何があったのだろうか。
「藩から逃げてきたの?」
とりあえず思いついたことを言ってみると、図星だったらしい。抜刀して僕に襲いかかってくる。
脱藩って重罪だったんだっけ?武士ではない僕には分からない。
僕は武士から刀を奪うと、その刀で武士を突き刺した。武士は痙攣しながら、どさっと音を立てて地面に倒れた。刺された部分から血が流れた。
強く刺しすぎた。迂闊だった。今日は満月の晩。満月の晩に血を見ると僕は……。人間じゃなくなってしまう。
身体中から毛が生えてくる。尻尾が生える感触がある。耳が現れるのを感じる。伸びていく爪を見た。歯が鋭く尖って、牙になっていくのを悟った。
びらびら簪の少女が怯えたように一歩後ずさった。そして、透き通るような綺麗な声で一言、
「狼憑き?」
これだから、平和な世界を希求しているんだよ。平和になれば血を見る機会も減る。狼に変身する頻度も減るんだ。
少女は事もあろうに僕に近づいた。
「ねえ、大丈夫?体に異常とか無い?」
大丈夫という意味を込めて僕は頷いた。
少女はほっとしたように顔を綻ばせると、
「私、さよ。あなたは?」
牙が返事をするのを邪魔する。だが、僕は何とか答えたくて頑張った。
「泰助(たいすけ)」
さよは頷くと、
「満月の晩に血を見るとこうなるの?これは一晩中続くの?生まれつき?」
さよは賢い。
僕は頷いた。両親がこれを外部に漏らさなかったおかげで僕は今、周りの人から疎外されることなくこうしていられている。
少女は困ったように頷いた。やがて、
「私、今日、病気になった祖母の所に行こうと思っていたの。一緒に行かない?一晩だけの事でもその方が安全でしょ。壬生浪の人達も心配だし。壬生浪、嫌いじゃないんだけどね。武士に殺されそうになった時に助けてくれたの」
さよは僕と同じ気持ちらしかった。
僕は親近感を抱いて、頷いた。
僕が書いた手紙をさよに両親に送ってもらい、さよと一緒に大和に行った。おばあさんに会っている間、僕は辺りの店を見ていた。
結婚相手でもない少年を親族に会わせるわけが無い。というか、僕が遠慮した。
てくてくと来た道をさよと一緒に戻る。
山道を歩いている最中、さよの足が止まった。
「あのさ、私と泰助くんが会うのはこれが最後なのかな」
僕はさよの方を見ずに答えた。
「多分ね」
人間じゃなくなる僕にはこんな素敵な子を好きになる資格が無い。一緒にいる資格も無い。
狼になっても知能は低下しないし、理性も失わない。運動能力が向上するし、夜目も利くようになるし、五感も鋭くなる。損は無いが、僕はやはりきっと人間じゃないと思わせられる。血を見ずに済むようにするためには世界が平和になるしかない。戦いばかりの時代に生まれなくて良かったけれど、また戦いが始まりそうだ。
「嫌だな」
さよがぽつりと言った。
僕の中にわずかな期待が生まれる。
そんな可能性、無いはずなのに。期待通りでもさよを困らせるだけなのに。
それでも、わずかな期待とともに僕はさよに聞いた。
「嫌だって、何で?」
一瞬の沈黙。
「好きだから……。泰助くんのこと」
期待通りだった。
小さな自己嫌悪が生まれた。……僕から言いたかった。
まだ、間に合うかな。もう間に合わないか。
「こんな僕でも良いの?狼になっちゃう僕でも?」
「狼なんてそんなの関係無いよ。狼だからって好きじゃなくなるのは愛とは呼ばないと思う」
正論だ。
もう間に合わないけど、言わなきゃいけない。
「僕も好きだよ、さよのこと」
こんな僕でも好きになってくれる子が現れた。その子と両思いだった。さよとなら狼になることも受け入れられるのかな。 毛糸さん(静岡・14さい)からの相談
とうこう日:2021年1月10日みんなの答え:14件
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カッコイィ… 同い年とは思えないぐらい、人物の心情がしっかり読み取れて、
普通にビビらされましたw
主人公の空想とかもしっかり出来ていて、いい作品だと思います! Riku #14さん(福島・14さい)からの答え
とうこう日:2021年6月29日 -
武士ィ!!! 武士でた、武士でた!ありがたいです。 お話しもとても素敵です。 かんどうというか、胸キュンといいますか、興奮してます。
死んだけど武士が出たぁ! 戦国武将好きさん(沖縄・14さい)からの答え
とうこう日:2021年6月6日 -
めっちゃ良いです! 本当に良かったです!
狼男の印象がガラッと変わりました。
ファンタジー的なの私、大好きです!
早く平和な世界が来ますように。
書いてくれてありがとうございました。 温香さん(選択なし・11さい)からの答え
とうこう日:2021年1月14日 -
ストーリ(多分) そこで生まれたのは本当にですか?
作り話ですか?
刀もった人本物にですか?
でも、いいね、これ。
泣きそうでした
急に眠くなりました。 ニコラスさん(群馬・10さい)からの答え
とうこう日:2021年1月11日
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