列車は夜に走らない
「またきたの」
もうきてはいけないと、いったでしょう。
月の映る静かな水面のような声で、着物姿の少女は言う。コトコが、レチと呼ぶ不思議な少女だった。
言葉だけ見れば拒絶であるそれを、コトコは受け止めた上で口を開く。
「でもでも、わたし来たかったんだから! それとも、レチは、わたしが嫌?」
「嫌では、ないけれど」
花を爆発させるコトコの口調は、レチと正反対に思われた。十に少し足したくらいの歳に見える背丈は、ほぼ同じなのに。
コトコの横へ、案外親しげにレチが腰掛ける。そのままレチは隣を見つめて。
「あなたの、息をするところは、ここではないわ」
コトコの喉が、小さく鳴った。
ごとん、ごとんと上下する、ここは。黒々した窓の向こうに、白く輝く粒が豪奢にばらまかれている。
星空を駆ける、一筋の列車だった。
列車には二人以外いない。時々、開けっぱなしの窓からひんやり光るクラゲが漂ってくるだけ。
話をするのは、いつも窓側のコトコのほうで、話を聞くのは、いつも通路側のレチのほうだった。
コトコの表情の明るさは、ここで月と星に照らされているからで。太陽の下では眩しさで沈んでしまっていた。
レチはコトコへ「世界を知りなさい」と言って慰めてくれるけれど。
それでもコトコの世界には、コトコの嫌なことが溢れていたから。肺を、締めるほど。それを周りには言えないし、言ったところで分かってもらえなさそうだということ。そんな自分はもっと嫌なこと。
レチはいつだって、聞いていてくれたけど。今日は違った。
「うちの話を、ききなさい」
「…なあに、レチ。どうしたの、急に」
「あのね。こえられない壁、というものは、どこかに必ずあるわ」
コトコの話へこたえる時と同じ温度で、レチは話し始める。もう彼女は「またきたの」なんて甘やかしてくれはしないのだと、コトコには分かった。
「そんな時、横へ回っても、下に潜っても、武器で壊してもいいと、うちは思うのだけど」
「武器? レチって、そんな攻撃的なこと言うの?」
「ええそうよ。誰かが痛い思いをしない限り、うちはなんだってやるわ。生きていれば、いいのだから。あなたが生きて笑うことを、贅沢とは思わないわ」
それに、とレチは人差し指を一本、立てる。
「逃げるのだって、道のひとつだということも。覚えて、おきなさい」
いい、逃げるのよ。
レチはコトコにそう言って。何を思ったか、コトコが唇を歪める。
「…わたし逃げ方なんて、わかんない」
「それでいいわ、今は」
レチの着物の上で、大きなリボンに結われた髪が揺れた。
「うちがこえた壁からなら、あなたを引っ張ることができる。けれどふつう、こえる方法を知らないで壁に向かうのは難しいでしょう」
諭すように、レチ。
「それと同じ。逃げ方を知らなければ逃げられない。だからうちはあなたに、世界を知りなさいというの」
この年頃の少女に似合わぬ会話かもしれなかったけれど。真夜中を進む列車、たった二つ埋まるきりの座席の上で、確かに言葉を交わしてきたのだ。
「世界を少しでも多く知りなさい。できるなら、あなたが傷つかないやり方で。大きくなって、たくさんの道を、知るのよ」
涼しげなクラゲがふわっと、車内に漂ってくる。コトコの頬を掠めたそれの光は、顔を柔らかく照らす。浮かべた涙まで。
「この列車は、夜しか知ることはできないけれど。あなたはもっと広い世界へ、いけるでしょう」
「…わたし、ここから見る景色も、好きだよ」
ついにコトコの瞳から涙が落ちる。だって、そんな、ほんとにお別れみたいな。レチは、泣かないでとも、泣いていいわとも言わなかった。ただ、淡く笑う。
「…そう」
目を細め、レチはコトコを見つめる。甘く溶かすような視線だった。
「好きな景色があることは、いいことだわ」
やっぱり静かに涼しげに、しかし幸せそうに笑ったレチの指は、コトコの握る手へそっと乗る。コトコの目からまた一つ、大粒の雫が落ちた。
「あなたが好きなものをみつけたら、教えてちょうだい。心に呟くだけで、いいの」
あなたがあなたの世界を、好いてくれると、嬉しいわ。
「ねえ、コトコ」
魔法を、かけてあげる。うちはいつもあなたを、大切に、思っているから。
レチ、と呟いたのと、まぶたを持ち上げたの、どちらが先だったかコトコには思い出せなかった。まだカーテンの奥は暗いこと、枕が涙で濡れていることだけがわかった。
コトコの部屋からは線路が見える。通学路には踏切。夜と朝の境みたいなこの時間には、列車は通らない、はずだったけど、どこかで。
ごとん、ごとんと音がする。
ぎゅっと目をつむったコトコの、好きな音、だった。瞳の中には、星が灯っている。 まよなかのおつきみピザさん(選択なし・16さい)からの相談
とうこう日:2023年5月14日みんなの答え:1件
もうきてはいけないと、いったでしょう。
月の映る静かな水面のような声で、着物姿の少女は言う。コトコが、レチと呼ぶ不思議な少女だった。
言葉だけ見れば拒絶であるそれを、コトコは受け止めた上で口を開く。
「でもでも、わたし来たかったんだから! それとも、レチは、わたしが嫌?」
「嫌では、ないけれど」
花を爆発させるコトコの口調は、レチと正反対に思われた。十に少し足したくらいの歳に見える背丈は、ほぼ同じなのに。
コトコの横へ、案外親しげにレチが腰掛ける。そのままレチは隣を見つめて。
「あなたの、息をするところは、ここではないわ」
コトコの喉が、小さく鳴った。
ごとん、ごとんと上下する、ここは。黒々した窓の向こうに、白く輝く粒が豪奢にばらまかれている。
星空を駆ける、一筋の列車だった。
列車には二人以外いない。時々、開けっぱなしの窓からひんやり光るクラゲが漂ってくるだけ。
話をするのは、いつも窓側のコトコのほうで、話を聞くのは、いつも通路側のレチのほうだった。
コトコの表情の明るさは、ここで月と星に照らされているからで。太陽の下では眩しさで沈んでしまっていた。
レチはコトコへ「世界を知りなさい」と言って慰めてくれるけれど。
それでもコトコの世界には、コトコの嫌なことが溢れていたから。肺を、締めるほど。それを周りには言えないし、言ったところで分かってもらえなさそうだということ。そんな自分はもっと嫌なこと。
レチはいつだって、聞いていてくれたけど。今日は違った。
「うちの話を、ききなさい」
「…なあに、レチ。どうしたの、急に」
「あのね。こえられない壁、というものは、どこかに必ずあるわ」
コトコの話へこたえる時と同じ温度で、レチは話し始める。もう彼女は「またきたの」なんて甘やかしてくれはしないのだと、コトコには分かった。
「そんな時、横へ回っても、下に潜っても、武器で壊してもいいと、うちは思うのだけど」
「武器? レチって、そんな攻撃的なこと言うの?」
「ええそうよ。誰かが痛い思いをしない限り、うちはなんだってやるわ。生きていれば、いいのだから。あなたが生きて笑うことを、贅沢とは思わないわ」
それに、とレチは人差し指を一本、立てる。
「逃げるのだって、道のひとつだということも。覚えて、おきなさい」
いい、逃げるのよ。
レチはコトコにそう言って。何を思ったか、コトコが唇を歪める。
「…わたし逃げ方なんて、わかんない」
「それでいいわ、今は」
レチの着物の上で、大きなリボンに結われた髪が揺れた。
「うちがこえた壁からなら、あなたを引っ張ることができる。けれどふつう、こえる方法を知らないで壁に向かうのは難しいでしょう」
諭すように、レチ。
「それと同じ。逃げ方を知らなければ逃げられない。だからうちはあなたに、世界を知りなさいというの」
この年頃の少女に似合わぬ会話かもしれなかったけれど。真夜中を進む列車、たった二つ埋まるきりの座席の上で、確かに言葉を交わしてきたのだ。
「世界を少しでも多く知りなさい。できるなら、あなたが傷つかないやり方で。大きくなって、たくさんの道を、知るのよ」
涼しげなクラゲがふわっと、車内に漂ってくる。コトコの頬を掠めたそれの光は、顔を柔らかく照らす。浮かべた涙まで。
「この列車は、夜しか知ることはできないけれど。あなたはもっと広い世界へ、いけるでしょう」
「…わたし、ここから見る景色も、好きだよ」
ついにコトコの瞳から涙が落ちる。だって、そんな、ほんとにお別れみたいな。レチは、泣かないでとも、泣いていいわとも言わなかった。ただ、淡く笑う。
「…そう」
目を細め、レチはコトコを見つめる。甘く溶かすような視線だった。
「好きな景色があることは、いいことだわ」
やっぱり静かに涼しげに、しかし幸せそうに笑ったレチの指は、コトコの握る手へそっと乗る。コトコの目からまた一つ、大粒の雫が落ちた。
「あなたが好きなものをみつけたら、教えてちょうだい。心に呟くだけで、いいの」
あなたがあなたの世界を、好いてくれると、嬉しいわ。
「ねえ、コトコ」
魔法を、かけてあげる。うちはいつもあなたを、大切に、思っているから。
レチ、と呟いたのと、まぶたを持ち上げたの、どちらが先だったかコトコには思い出せなかった。まだカーテンの奥は暗いこと、枕が涙で濡れていることだけがわかった。
コトコの部屋からは線路が見える。通学路には踏切。夜と朝の境みたいなこの時間には、列車は通らない、はずだったけど、どこかで。
ごとん、ごとんと音がする。
ぎゅっと目をつむったコトコの、好きな音、だった。瞳の中には、星が灯っている。 まよなかのおつきみピザさん(選択なし・16さい)からの相談
とうこう日:2023年5月14日みんなの答え:1件
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めっちゃすごいっ! すごぉ!きれいだねー!
なんか、時間と風景の描写が、ふわふわしてて、きれいだったよー!
まなきは語彙力とけててうまくかけへんけど、読んでて満足感ハンパない!いいです。
現実と列車の幻想の境目がぼんやりしてたり、はっきりしてたり。好きです。(((突然の告白!スイマセン
和風な感じもあるのに、なんか………すごい。うまく言葉にできひんわ。
またかいてください。これが作者さんに読まれてるかわからんけどね。
まなきも、頑張ってみます。またねええええぇ!
まなきさん(選択なし・13さい)からの答え
とうこう日:2023年7月17日
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