初恋と消しゴム
「消しゴム、見てくれた?」
昼休みの教室で、彼女はそう告げた。僕が首を振ると、彼女は不安そうな顔をした。僕はまだ、消しゴムの中を知らずにいる。
委員会の仕事がひと段落ついて、水の入ったバケツを眺めている最中に、山内愛花は現れた。見て見ぬふりをしようにも背後に回られて、無視できなかった。しかたなく「また来たのか」と反応してあげる。
シャツとツインテール。それらを見やって、僕は目線をバケツに戻した。けれど濁った水面にも彼女がいて、ため息を吐く。
「掃除、やってたんだ」
「そりゃあな。」
「ふーん、そっか。きみは掃除に恋してるんだもんね」
彼女は言う。
「掃除に恋、ねぇ」
バカバカしいが、あながち間違いではないのが癪に障る。だけど、それをイジりのネタにされるのは余計に癪だ。振り返る。
「単なる趣味だよ。恋じゃない。そもそも僕はまだ恋なんて……あ」
しまった、口が滑った。慌てて、視線をバケツに戻す。
「へぇ。きみ初恋まだなんだ。……ふーん」
水面に浮かんだ彼女の笑みは歪んでいる。どうせまた悪趣味なイジりを思いついて、ニマニマと笑っているのだろう。
「あ、じゃあそろそろ私、帰るね」
彼女の声が耳を通る。
「ああ。……って。もう、か」
「だってほら、時間だし」
時計を見る。16時57分。完全下校まではあと3分。まだ教室にいたい、名残惜しいといつも感じる。僕はその欲を振り切って、バケツの水を水飲み場に流す。
僕がふたたび教室に戻ったときにはもう、彼女はいなかった。
開けた覚えのないリュックのチャックを閉めて、背負う。靴を履き替えて、昇降口を出る。
そのとき、視線を感じて右を見ると、彼女がいた。段差に座り、夕焼けを浴びる彼女の頬は、いつもより輝いていた。
「まだいたのか」
「うん。まぁね」
僕も彼女から少し離れた場所に座る。それっきり会話が止まる。数秒経ってから、彼女は僕にものを差し出してきた。隣を見るなり、指には夕日のように赤い飴玉が摘まれているのが見えた。
「はい、あーん」
「……また、か」
からかっているんだと知りながらも、僕は夕日のように赤くなった。顔を逸らす。
「自分で食え。というか、そもそも持ち込みは校則で……!」
「マジメだなぁ。バレなきゃいいの。ほら。あーん」
やめてくれという想いで息を吐いたが、伝わらなかったようだ。僕が諦めて手のひらを差し出すと、そこに飴玉が乗る。舌に絡ませたストロベリー味は、甘酸っぱい。
「バカ」
「欲しければほしいって言えばいいのに。素直じゃないなぁ。あ、もしかしてさっきの期待しちゃった?」
「……やめてくれ。僕だって不意打ちだったんだよ」
「きみってば可愛いなぁ」
彼女が、にへへと笑う。僕の頬がまた紅潮していく。
しばらく談笑を交わしてから、僕たちは校門を出た。僕と彼女の家は正反対の場所にある。
「じゃあ、また明日な」
「うん。あ、そうだ!」
彼女は、背を向けようとした僕を止めた。
「消しゴム!」
「え?」
「消しゴム、見といてね!」
その言葉だけを置き去りに走っていく彼女に、僕は足を止めたままだった。風が、優しく頬を撫でた。
「消しゴムの中、見てくれた?」
翌日、昼休みの教室で、彼女はそう告げた。僕が首を振ると、彼女は不安そうな面持ちになる。聞いても理由がわからないまま、放課後を迎えてしまった。
どうせイタズラだろ。僕はそうやって心に暗示をかけながら、机を雑巾で拭いていく。その手は僕の机で止まった。
なぜこんなにも胸騒ぎがするのだろう。胸に手を添えると、心臓が高鳴っていた。
そうか、僕は、彼女の心根を知りたがっているんだ。
誰もいない教室で、ひとりペンケースを取り出す。ごくん、と息を呑む音がする。中身を漁る音が、やけにうるさく感じる。
「あった」
消しゴムはわずかに温かい。一呼吸置いて、僕は消しゴムの紙ケースを外した。
「あ」
口が滑るのと同時に、扉が開いた。振り返る。
「まだ掃除して……って、あ。えと、見て、くれたんだ」
「いつ、書いた」
彼女は顔を赤くしていた。昨日の、夕焼けみたいだった。
「昨日、きみがバケツ片付けてる間に。きみのボールペン借りてね」
そうか、と納得する。昨日、開けた覚えのないリュックが開いていた理由。ため息を吐く。
「あの……改めて、なんだけど。私と付き合って、ください……!」
頭を下げる彼女に、僕は目を見開いた。
そのとき、僕が惚れていたのは掃除ではなく、彼女といるこの瞬間だったのだと気づいた。
それ以来、僕は彼女、山内愛花による恋の消しゴムを使っていない。
表面に刻まれた『好き』の二文字が、やがて削れてしまわないように。 小野町さん(北海道・17さい)からの相談
とうこう日:2023年6月30日みんなの答え:6件
昼休みの教室で、彼女はそう告げた。僕が首を振ると、彼女は不安そうな顔をした。僕はまだ、消しゴムの中を知らずにいる。
委員会の仕事がひと段落ついて、水の入ったバケツを眺めている最中に、山内愛花は現れた。見て見ぬふりをしようにも背後に回られて、無視できなかった。しかたなく「また来たのか」と反応してあげる。
シャツとツインテール。それらを見やって、僕は目線をバケツに戻した。けれど濁った水面にも彼女がいて、ため息を吐く。
「掃除、やってたんだ」
「そりゃあな。」
「ふーん、そっか。きみは掃除に恋してるんだもんね」
彼女は言う。
「掃除に恋、ねぇ」
バカバカしいが、あながち間違いではないのが癪に障る。だけど、それをイジりのネタにされるのは余計に癪だ。振り返る。
「単なる趣味だよ。恋じゃない。そもそも僕はまだ恋なんて……あ」
しまった、口が滑った。慌てて、視線をバケツに戻す。
「へぇ。きみ初恋まだなんだ。……ふーん」
水面に浮かんだ彼女の笑みは歪んでいる。どうせまた悪趣味なイジりを思いついて、ニマニマと笑っているのだろう。
「あ、じゃあそろそろ私、帰るね」
彼女の声が耳を通る。
「ああ。……って。もう、か」
「だってほら、時間だし」
時計を見る。16時57分。完全下校まではあと3分。まだ教室にいたい、名残惜しいといつも感じる。僕はその欲を振り切って、バケツの水を水飲み場に流す。
僕がふたたび教室に戻ったときにはもう、彼女はいなかった。
開けた覚えのないリュックのチャックを閉めて、背負う。靴を履き替えて、昇降口を出る。
そのとき、視線を感じて右を見ると、彼女がいた。段差に座り、夕焼けを浴びる彼女の頬は、いつもより輝いていた。
「まだいたのか」
「うん。まぁね」
僕も彼女から少し離れた場所に座る。それっきり会話が止まる。数秒経ってから、彼女は僕にものを差し出してきた。隣を見るなり、指には夕日のように赤い飴玉が摘まれているのが見えた。
「はい、あーん」
「……また、か」
からかっているんだと知りながらも、僕は夕日のように赤くなった。顔を逸らす。
「自分で食え。というか、そもそも持ち込みは校則で……!」
「マジメだなぁ。バレなきゃいいの。ほら。あーん」
やめてくれという想いで息を吐いたが、伝わらなかったようだ。僕が諦めて手のひらを差し出すと、そこに飴玉が乗る。舌に絡ませたストロベリー味は、甘酸っぱい。
「バカ」
「欲しければほしいって言えばいいのに。素直じゃないなぁ。あ、もしかしてさっきの期待しちゃった?」
「……やめてくれ。僕だって不意打ちだったんだよ」
「きみってば可愛いなぁ」
彼女が、にへへと笑う。僕の頬がまた紅潮していく。
しばらく談笑を交わしてから、僕たちは校門を出た。僕と彼女の家は正反対の場所にある。
「じゃあ、また明日な」
「うん。あ、そうだ!」
彼女は、背を向けようとした僕を止めた。
「消しゴム!」
「え?」
「消しゴム、見といてね!」
その言葉だけを置き去りに走っていく彼女に、僕は足を止めたままだった。風が、優しく頬を撫でた。
「消しゴムの中、見てくれた?」
翌日、昼休みの教室で、彼女はそう告げた。僕が首を振ると、彼女は不安そうな面持ちになる。聞いても理由がわからないまま、放課後を迎えてしまった。
どうせイタズラだろ。僕はそうやって心に暗示をかけながら、机を雑巾で拭いていく。その手は僕の机で止まった。
なぜこんなにも胸騒ぎがするのだろう。胸に手を添えると、心臓が高鳴っていた。
そうか、僕は、彼女の心根を知りたがっているんだ。
誰もいない教室で、ひとりペンケースを取り出す。ごくん、と息を呑む音がする。中身を漁る音が、やけにうるさく感じる。
「あった」
消しゴムはわずかに温かい。一呼吸置いて、僕は消しゴムの紙ケースを外した。
「あ」
口が滑るのと同時に、扉が開いた。振り返る。
「まだ掃除して……って、あ。えと、見て、くれたんだ」
「いつ、書いた」
彼女は顔を赤くしていた。昨日の、夕焼けみたいだった。
「昨日、きみがバケツ片付けてる間に。きみのボールペン借りてね」
そうか、と納得する。昨日、開けた覚えのないリュックが開いていた理由。ため息を吐く。
「あの……改めて、なんだけど。私と付き合って、ください……!」
頭を下げる彼女に、僕は目を見開いた。
そのとき、僕が惚れていたのは掃除ではなく、彼女といるこの瞬間だったのだと気づいた。
それ以来、僕は彼女、山内愛花による恋の消しゴムを使っていない。
表面に刻まれた『好き』の二文字が、やがて削れてしまわないように。 小野町さん(北海道・17さい)からの相談
とうこう日:2023年6月30日みんなの答え:6件
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おおおお すごいとしか言えん ガノン好き小5さん(静岡・10さい)からの答え
とうこう日:2023年8月3日 -
めちゃきゅんきゅんっ♪* はろっー☆元しろくま♪の虹空☆彡です!
(*ゝ_●・*)ノ=s=t=a=r=t=!==============
愛花って漢字がいいねっ!
“恋”“好き”=愛、だから伏線回収(?)もいいと思ったし、ストロベリー味の飴、ってところも好き(*´∀`*)
“僕”は素直じゃなくてまたいいなー。愛花ちゃん推します!笑
題名の「恋と消しゴム」もちゃんと内容とマッチしててすごいです!尊敬の眼差しっ!
(*ゝ_○・*)=f=i=n=i=s=h==============
それでは☆彡虹の空に流れ星をっ! 虹空☆彡/niko#元しろくま♪さん(東京・9さい)からの答え
とうこう日:2023年8月3日 -
すごいです!!! 本当に小説としてありそうな、素晴らしい短編小説でした・・・・・・。最初に思ったのは、「この人何者!? すごっ!」です笑。もう一回読み返すと、17歳と書いてあったので納得しました。それにしても、びっくりしました。もうプロレベルじゃないですか・・・・・・!?(※個人の感想です)
最初から最後まで読みいってしまって、本の世界に入ってしまいました(笑) 舞音(マノン)さん(選択なし・13さい)からの答え
とうこう日:2023年8月3日 -
恋の消しゴムって素敵♪* Hi(^^♪My name's Marin(*´・ч・`*)
☆*: .。. o本題o .。.:*☆
恋の消しゴムって素敵♪*
Have a nice day(*^^)v
Thanks for reading(*'ω'*)See ya(^^♪ 舞凜*まりん*#元兎乃#キズなん民さん(岐阜・12さい)からの答え
とうこう日:2023年8月3日 -
あぁぁぁっめちゃいい-!!!! こんにち!
ちぅなんだぞー)^o^(ガオ-
よろしくね♪
*○*○*
めちゃいい!
もう初めから
表現の仕方とかが
すごかったです!
で.
なんさいかなーて
読んだあと見てみたら
17さいで
やっぱすごいな~
てなったw
*☆*☆*
でわ
ばいっぴ-)^o^(マタアオウ.'
ちぅさん(兵庫・11さい)からの答え
とうこう日:2023年8月3日 -
小野町さん! こんにちは♪純恋です(≧∇≦)b
小野町さんの短編小説2回目なので
名前覚えてもらえてたら嬉しいです(^_-)-☆
*・*・*・*・*・START*・*・*・*・*・*
『恋の消しゴム』って凄く良い!
私は小野町さんの『持ち寄る波動』ってやつも
読んだんですけど、やっぱり凄くセンスがあります!
*・*・*・*・*・FINISH*・*・*・*・*・*
誤字脱字あったらすみません!
参考になったら嬉しいです(^o^) 元琉希 純恋 #改名したよ!さん(神奈川・11さい)からの答え
とうこう日:2023年8月3日
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- 「短編小説投稿について」をかならず読んでから、ルールを守って投稿してください。
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個人 を判断 することが出来ないため、削除依頼 には対応することは出来ません。投稿しても問題ない内容かよく確認してください。
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