君からあの日の僕が永遠に消えたとしても。
「どなたですか?」
そう愛しい声で言われた時、世界が真っ暗になった気がした。
「ごめんなさい、私記憶がないみたいで」
僕の彼女―福乃明日花は交通事故にあい、意識不明の重体となった。
やっと目を覚ました時、彼女の中に僕はいなかった。
「古渡空、です」
「古渡さん。えと、お友達、ですか?」
正直に言うべきか、迷った。
だって彼女は僕を覚えていない。
僕が黙っていると明日花の桜色の唇が優しく弧を描いた。
優雅な二重に長い睫毛で縁取られた透き通った瞳がゆったりと細められる。
「気を遣わなくて大丈夫ですよ。本当のことを言ってくれたほうが嬉しいです」
その柔らかな笑顔に僕は「彼氏です」と言ってしまった。
明日花は目を見開く。
「そうなんですか。わざわざお見舞いありがとうございます」
他人行儀な明日花に胸が痛む。
当たり前だ。彼女にとっては初対面。
「これから、よろしくお願いしますね」
不安げに微笑む明日花に心臓が掴まれたように痛んだ。
『空くん』
僕を呼ぶ明日花の声が好きだった。
それには優しさと親しみと愛情が溢れていた。
『古渡さん』
その声にはぬぐえない不安とよそよそしさがにじみ出ていた。
僕は毎日病院に通った。
明日花は毎日僕を待ってくれていた。
優しく微笑み、嬉しそうに古渡さん、と呼んでくれる。
明日花は僕をまっすぐ見つめるようになった。
退院してから毎日のようにデートした。
楽しそうに笑う明日花を見るだけで僕も幸せだった。
古渡さん、と親しげに呼ばれると心が満たされるような、寂しいような気持になる。
同時に怖かった。
明日花は記憶を失う前は苦手だったスポーツを楽しむようになった。
部屋は可愛らしい雰囲気から上品になった。
彼女の”好き”が変わっていた。
いつ好きの対象から僕がいなくなるか、怖くて仕方なかった。
そんなある日のことだった。
明日花に別れを告げられたのは。
「別れてほしいんです」
震えた声で手を固く握りしめながら僕を見る明日花。
「え…」
どこかで、覚悟していたことだった。
「好きな人ができたんです」
「そう、か…」
僕は呆然とする。
明日花は泣きそうな顔で僕を見る。
「ごめん」
僕は踵を返そうとした。
その瞬間、くいっと袖を掴まれた。
誰の手かはわかっていたが振り向けずに俯く。
わかっていた、彼女の中に僕はいない。
でも、どこかで期待してしまっていた。
まだ、僕を好きでいてくれているのではないかと。…なわけないのに。
心の中で自嘲する。
「…私、古渡さんが好き」
「…え」
震えた声で紡がれた言葉に頭が混乱し次に喜びで満ちる。
思わず振り向く。
明日花の眉は歪んでいて、瞳からは今にも涙がこぼれそうだった。
「でも、私は記憶を失う前とは全然違くて。最初は何とも思ってなかったのにだんだん惹かれて」
震えている明日花。
思わず、抱きしめたい衝動に駆られる。その震えをすぐに止めたかった。そんな顔をさせたくなかった。
「古渡さんが好きなのは、記憶をなくす前の私で今の私じゃないんじゃないかなって怖くて。だから、今の私を好きになってもらえるように頑張ろうって思って」
ぽたり、と透明な涙がほんのりと桜色に染まる明日花の頬を流れる。
「…明日花」
そっと名前を呼ぶと明日花が潤んだ瞳でこちらを見る。
ぐっと腕を引っ張り明日花を抱きしめる。
大切に優しく腕にぎゅっと力をこめる。
「僕も、明日花が好きだ」
明日花が息をのむ。
「記憶を失う前の明日花も今の明日花も。全部」
明日花が嗚咽を漏らす。
そっと背中をなでる。
「僕と明日花の想い出が今の明日花にはない。そのことを寂しくないって言ったらうそになる」
明日花が何かを恐れるように縮こまる。
「でも、それよりも明日を見ていたい。たくさん想い出を作って明日花と未来を歩きたい。明日花と幸せになりたい」
明日花がこくこくと頷く。
「明日花、僕と付き合ってください」
明日花は僕を見つめ幸せそうに頬を染めながら微笑む。
それを僕は何よりも美しく、尊く、愛おしいものだと感じる。
「はい」
すぅと明日花の頬を流れる涙。
それを優しくぬぐう。
「愛している、明日花」
「私も」
胸いっぱいに広がる幸せ。
愛しい人が目の前にいる。私を愛していると言ってくれる。なんて素敵なことなんだろう。
きっと、これは私の2度目の初恋。
2度目の初恋も、君と。
そう、心から思う。
君がいつでも幸せに満ち、明るい明日を信じていられますように。
END
最後まで読んでくれてありがとうございます!
感想・アドバイスお願いします。 もふ #元金木犀/kinmokusei*さん(選択なし・14さい)からの相談
とうこう日:2023年11月3日みんなの答え:4件
そう愛しい声で言われた時、世界が真っ暗になった気がした。
「ごめんなさい、私記憶がないみたいで」
僕の彼女―福乃明日花は交通事故にあい、意識不明の重体となった。
やっと目を覚ました時、彼女の中に僕はいなかった。
「古渡空、です」
「古渡さん。えと、お友達、ですか?」
正直に言うべきか、迷った。
だって彼女は僕を覚えていない。
僕が黙っていると明日花の桜色の唇が優しく弧を描いた。
優雅な二重に長い睫毛で縁取られた透き通った瞳がゆったりと細められる。
「気を遣わなくて大丈夫ですよ。本当のことを言ってくれたほうが嬉しいです」
その柔らかな笑顔に僕は「彼氏です」と言ってしまった。
明日花は目を見開く。
「そうなんですか。わざわざお見舞いありがとうございます」
他人行儀な明日花に胸が痛む。
当たり前だ。彼女にとっては初対面。
「これから、よろしくお願いしますね」
不安げに微笑む明日花に心臓が掴まれたように痛んだ。
『空くん』
僕を呼ぶ明日花の声が好きだった。
それには優しさと親しみと愛情が溢れていた。
『古渡さん』
その声にはぬぐえない不安とよそよそしさがにじみ出ていた。
僕は毎日病院に通った。
明日花は毎日僕を待ってくれていた。
優しく微笑み、嬉しそうに古渡さん、と呼んでくれる。
明日花は僕をまっすぐ見つめるようになった。
退院してから毎日のようにデートした。
楽しそうに笑う明日花を見るだけで僕も幸せだった。
古渡さん、と親しげに呼ばれると心が満たされるような、寂しいような気持になる。
同時に怖かった。
明日花は記憶を失う前は苦手だったスポーツを楽しむようになった。
部屋は可愛らしい雰囲気から上品になった。
彼女の”好き”が変わっていた。
いつ好きの対象から僕がいなくなるか、怖くて仕方なかった。
そんなある日のことだった。
明日花に別れを告げられたのは。
「別れてほしいんです」
震えた声で手を固く握りしめながら僕を見る明日花。
「え…」
どこかで、覚悟していたことだった。
「好きな人ができたんです」
「そう、か…」
僕は呆然とする。
明日花は泣きそうな顔で僕を見る。
「ごめん」
僕は踵を返そうとした。
その瞬間、くいっと袖を掴まれた。
誰の手かはわかっていたが振り向けずに俯く。
わかっていた、彼女の中に僕はいない。
でも、どこかで期待してしまっていた。
まだ、僕を好きでいてくれているのではないかと。…なわけないのに。
心の中で自嘲する。
「…私、古渡さんが好き」
「…え」
震えた声で紡がれた言葉に頭が混乱し次に喜びで満ちる。
思わず振り向く。
明日花の眉は歪んでいて、瞳からは今にも涙がこぼれそうだった。
「でも、私は記憶を失う前とは全然違くて。最初は何とも思ってなかったのにだんだん惹かれて」
震えている明日花。
思わず、抱きしめたい衝動に駆られる。その震えをすぐに止めたかった。そんな顔をさせたくなかった。
「古渡さんが好きなのは、記憶をなくす前の私で今の私じゃないんじゃないかなって怖くて。だから、今の私を好きになってもらえるように頑張ろうって思って」
ぽたり、と透明な涙がほんのりと桜色に染まる明日花の頬を流れる。
「…明日花」
そっと名前を呼ぶと明日花が潤んだ瞳でこちらを見る。
ぐっと腕を引っ張り明日花を抱きしめる。
大切に優しく腕にぎゅっと力をこめる。
「僕も、明日花が好きだ」
明日花が息をのむ。
「記憶を失う前の明日花も今の明日花も。全部」
明日花が嗚咽を漏らす。
そっと背中をなでる。
「僕と明日花の想い出が今の明日花にはない。そのことを寂しくないって言ったらうそになる」
明日花が何かを恐れるように縮こまる。
「でも、それよりも明日を見ていたい。たくさん想い出を作って明日花と未来を歩きたい。明日花と幸せになりたい」
明日花がこくこくと頷く。
「明日花、僕と付き合ってください」
明日花は僕を見つめ幸せそうに頬を染めながら微笑む。
それを僕は何よりも美しく、尊く、愛おしいものだと感じる。
「はい」
すぅと明日花の頬を流れる涙。
それを優しくぬぐう。
「愛している、明日花」
「私も」
胸いっぱいに広がる幸せ。
愛しい人が目の前にいる。私を愛していると言ってくれる。なんて素敵なことなんだろう。
きっと、これは私の2度目の初恋。
2度目の初恋も、君と。
そう、心から思う。
君がいつでも幸せに満ち、明るい明日を信じていられますように。
END
最後まで読んでくれてありがとうございます!
感想・アドバイスお願いします。 もふ #元金木犀/kinmokusei*さん(選択なし・14さい)からの相談
とうこう日:2023年11月3日みんなの答え:4件
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めっちゃ感動! こんにちは!
感動する!
言葉選び最高で美しい表現だなって思いました。
サクサク読めて、良いところで改行してるなって思いました。
本当に素晴らしいです!天才的です!
アドバイスなんてないし、私みたいな下手ができることじゃない!
またキズなんで*バイバイ☆ ちーかまさん(愛知・12さい)からの答え
とうこう日:2024年1月14日 -
ごきゅー こんちはーぱるです!
今感動しすぎて泣きながらコメントしてまーす!
天才的!
号泣するわ!
マジ泣きした! ぱるるさん(三重・11さい)からの答え
とうこう日:2024年1月14日 -
泣きそうになった 最初に思ったのは言葉のセンスとバランスの良いテンポでした。短い字数制限の中でしっかりとした起承転結があり、登場人物の心情がよく伝わって来ました。
はっきり言うと、このサイトでは勿体ないなと思います。もっと、他の才能を生かせるサイトでもよかったのでは?
白米さん(鳥取・15さい)からの答え
とうこう日:2024年1月13日 -
て、て、天才!? こんちゃ!!!こーぽーだよ!!!
やばっ、、、マジでドキドキした、、、
アドバイスなんてありません、、、、
すご、、こんな小説書いてみたい、、、
ちゃんと想像できたし、面白かったし、描写も綺麗だし、もう、、、、なんというか、、、す、すごい、、、、
もっと書いてください☆頑張ってください☆もふ♯kinmokuseiさん応援してます☆ こーぽーさん(大阪・10さい)からの答え
とうこう日:2024年1月13日
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